夏の寝子島｜リアクション

夏の寝子島

　寝子ヶ浜海岸の目立つところにＢＢＱの場所が確保された。鉄板を囲むようにパラソルが立てられ、テーブルやイスまで用意された。簡易的な調理場。食事に必要な備品も揃えられ、あとは食材を待つだけの状態となった。
「さすがは俺の使用人達だ。手際がいいぜ」
　涼しげな顔でシグレ・ナイトウォーカーが現れた。やや遅れて楢木春彦が汗だくの姿で辿り着いた。
「ど、どこに、置けば……」
　虚ろな目が調理場を見つけた。よろよろと歩いて長机の上に大量の食材を置いた。その姿で肩を上下に動かす。
　シグレは周囲を窺った。
「楢木、本当に鴻上も来るのか？」
「ちゃんと、メールはしたんで、くるはずっす」
　春彦は途切れ途切れの言葉を返す。
　数分後、鴻上彰尋が姿を現した。手にはクーラーボックスを提げている。周囲の人の多さに少し戸惑っているようだった。
　逸早く見つけた春彦が嬉々とした声でシグレに伝える。
「シグレ先輩、鴻上がきたっすよ！　おおーい、こっちだ！」
　手を大きく振って場所を教える。その声に彰尋は、ほっとした表情でやってきた。
「人が多くてびっくりしたよ。あ、シグレさん、おはようございます」
「鴻上、調理は任せたぜ」
「シグレ先輩、俺もいるっす」
　春彦はパーカーの袖を捲って見せる。シグレは八重歯を見せて笑うと視線をクーラーボックスに向けた。
「そのクーラーボックスの中身は何だ？」
「俺も気になってたんだよ。ＢＢＱの食材なら足りてんぞ」
「ＢＢＱの食材ではなくてデザートだよ」
　彰尋は調理場の長机の上にクーラーボックスを置いた。二人の目が注がれる中、蓋を開いて見せた。
　春彦が覗き込んで、おー、と声を上げた。
「カキ氷機に、シロップは二種類もあんのか。お、アイスもあるってことは食い放題じゃん」
「ほほう、鴻上はカキ氷を用意したのか。俺はあまり馴染みがないが、日本の代表的な氷菓子だよな。掛けるシロップは任せる」
「シグレさんにはブルーハワイを味わって貰います。楢木はどうするんだ？」
　彰尋の問いに春彦は笑って親指を立てる。
「もちろん、全種類を食うに決まってんだろ」
「その前にＢＢＱの用意だ。あとは頼んだぜ」
　シグレは日陰に置かれたイスに座った。使用人の一人が流れるような動作で円筒形のグラスを差し出す。琥珀色の液体は紅茶のように思えた。
「んじゃ、俺達は材料を切り刻むか！」
「そうだな。俺は肉と魚介を担当するから、楢木は野菜の方を頼む」
「おう、任せろ」
　春彦は事前に用意された俎板の上で野菜を切った。ナスを大雑把に縦に両断。タマネギは感覚でぶつ切りにした。
　隣で作業していた彰尋が心配そうな視線を向ける。その間も手は休まずに動いていた。
　気付いた春彦が豪快に笑う。
「鴻上、心配すんなって。見た目がアレでも、焼けば同じだ。ようはな、食えりゃイイんだよ。そうっすよね、シグレ先輩」
「たまには豪快な料理もいいな」
「シグレ先輩も一緒にどうっすか」
　春彦は包丁の柄をシグレに向けた。
「俺に構うな。英国の呪いが料理に降り掛かるぞ」
「あー、そうっすね」
　春彦は力ない声で彰尋の方を見た。食材は見事に切り分けられ、用意された容器に収まっていた。
「鴻上、俺も実はシグレ先輩と同じなんだ。指に日本国の呪いが掛けられていて、細かい作業ができないんだ」
「それは初耳だな」
　冷めた声を無視して春彦は迫真の演技で詰め寄る。
「俺達の飯はオマエの腕に掛かってるからな！」
　両肩を掴まれた彰尋は、わかったよ、と包丁を気にしながら答えた。
　その後、二人はイスに腰掛けた姿で優雅な時を過ごした。彰尋は全てを一手に引き受けた。
　――楢木は何となくわかるんだけど、シグレさんは意外だな。
　わかった以上、ここは俺がしっかりしないと。
　気を引き締めてタレ作りに専念した。