夏の寝子島｜リアクション

夏の寝子島

　寝苦しい夜が明けた。気温は上昇の気配を見せている。
　その中、亜魚隈猯利はザックを背負って家を出た。帽子を目深に被り、首にはタオルを引っ掛けた。服装は長袖に長ズボン。手袋を嵌めて肌の露出を極端に嫌う。
　九夜山の細い道を辿って天宵川に出た。一部の緩やかな斜面を下る。適当な岩の上にザックを置いて開けた。
　携帯食料に救急箱。ロープの束。最後に釣具を慎重な手付きで点検した。
　満足したのか。ザックを背負って源流に向かって歩き出す。少し崩れた箇所は回避して浅瀬を軽快な足で渡る。ウェーディングシューズの効果で苔むした石に足を取られることはなかった。
　川を挟んだ左右の木々からヒグラシの涼やかな鳴き声が聞こえる。猯利は歩きながら穏やかな目となって深く息を吸い込んだ。
「清流の夏だな」
　沢登りを楽しみながら源流に到着。猯利は鋭い眼で魚影を捉えた。観察するように黙って眺める。
　――動きの特徴が夏のものに似ている。
　ザックを適当に下ろして竿を組み立てた。生餌は使わず、自作の毛鉤を用意した。
　川面に身体が映らない位置で竿を振った。毛鉤はポイントを外さない。川に落ちた羽虫のように自然な姿を演出した。
　猯利は一点を見据える。川面に小さな飛沫が上がった。竿を素早く上下に動かした。針の掛かりは万全で川辺へと引き寄せる。
　釣れたのは白い斑点が鮮やかなイワナであった。
　――今日は夏のような日。禁漁期に入るのだろうか。
　黙考の末、イワナの針を外し、川へと戻した。猯利は三歩ほど横に動いて別のポイントに毛鉤を投げ入れた。
　何回か繰り返していると竿先が急激に下に引っ張られた。当たりは相当に強い。魚の動きに合わせて竿を巧みに操る。
　無言の格闘を経てニジマスを釣り上げた。僅かな光に当たって魚体が虹色に光って見える。
「これは大丈夫だろう」
　石で囲んだ簡易的な生簀にニジマスを入れて釣りを再開した。釣れたイワナやヤマメはリリースしたが、そろそろ生簀に限界を迎えようとしていた。
　休憩を兼ねて携帯食料を口に入れた。川のせせらぎが耳に心地よい。梢を鳴らして吹く風に目を細めた。
　帰りは中流の辺りで太公望を決め込んだ。オイカワやウグイがよく釣れた。
　猯利はどこか軽い足取りで元来た道を戻っていった。

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