夏の寝子島｜リアクション

夏の寝子島

　青い空に夕陽の緋色が水彩画のように滲むと人々に落ち着きが戻ってきた。砂浜では帰り支度を始める者が多く見られた。露天商は早々に店を畳んだ。
「そろそろ帰ろうか」
　ロベルト・エメリヤノフの声に、そうだな、と獅子目悠月が海を見て言った。
　来島アカリはパーカーを着ながら、ふと思いを口にした。
「どこかで花火が買えたら、俺の家の近所で楽しめるんだけど」
「帰りの途中、ネコンビに寄ればいい」
　悠月は夕陽に染まったポニーテールを振って歩き出す。ロベルトは笑顔で頷いて、そうだ、と何かを閃いた。
「派手な打ち上げ花火もいいけど、繊細な線香花火もいいよね」
「俺は派手な方が好きだけどな」
　振り返った悠月は笑っていた。
　三人は海沿いの道を歩いて星ヶ丘に入った。
「何か聞こえる」
　ロベルトは耳に手を当てた。賑やかな音がする方向に歩き出す。二人は引っ張られる形で付いていった。
　お囃子が間近に聞こえる。角を曲がると三人の目の前に夏祭りの情景が広がった。
　道路を一部、封鎖して両側に屋台が立ち並ぶ。真っ先に目に付いたのは浴衣を売っている店であった。中には甚平も見られた。
　ロベルトは店に駆け寄り、二人を手で招く。
「夏祭りの雰囲気を味わうには浴衣だよね。それに二人には似合うと思うよ」
「…そ、そうかな」
　アカリは照れ臭そうに笑う。少し前に出た悠月が浴衣の値段に目をやる。
「ロベルト、金を払えるのか」
「うーんと、少し厳しいかな」
「俺が出してやる。来島に似合う小紋はないが我慢しろ」
「な、なんで俺が小紋なんだよ。浴衣に決まってんだろ」
　アカリは赤い顔でむくれた。拗ねた少女にしか見えない。
　悠月が三人分の浴衣を購入した。買い物袋から全てを取り出し、ロベルトに突き出した。
「俺は浴衣を自分で着たことがない。ロベルトに任せる」
「任せてよ」
「俺は一人で着れるから」
　アカリはロベルトから浴衣を受け取った。
　取り敢えず、三人は簡易的な更衣室で着替えを済ませた。元の洋服は買い物袋に詰め込んで夏祭りを満喫した。
　悠月はアカリを射的に誘い、腕を競い合った。何回も挑戦してなかなか決着が付かない。
　ロベルトは目にした屋台でチョコバナナを買った。二人に手渡したあと、食べる作法を教える。
「チョコバナナはこうやって舌を絡めて食べるものなんだよ」
　バナナの先端に舌を絡める。垂直に口を入れてゆっくりと上下させた。本当ですか、と疑いながらもアカリはぎこちない動作でバナナを舐める。
　その二人の様子を見て悠月も真似をした。
「…なんか、食べにくいんで」
　アカリはバナナの先端を噛み切った。それを見たロベルトが腰を引いた。そんなぁ、と残念そうな顔で呟いた。
「…だって口が疲れるし…解けちゃいます、よ？」
「俺もやめだ」
　悠月もバナナを齧って食べた。
　夜の気配が強くなる頃、花火を売っている屋台を見つけた。各種、花火を買い込んで夏祭りの会場を後にした。
　アカリの家の近くに手頃な公園があった。バケツに水を入れて三人は花火を始める。
　鮮やかな花火の色にアカリは、わぁー、と子供っぽい声を出した。耳にした悠月が笑いながら言った。
「やっぱり浴衣より小紋だよな」
「ふざけんな」
　アカリは持っていた花火の火を振り掛けた。寸でのところで避けた悠月の笑みが深くなる。
「反撃される覚悟はあるんだろうな」
　置いてあった打ち上げ花火を手に取る。アカリは焦ったような顔になった。
「そ、それは卑怯だろ。こっちは普通の花火なのに」
「反撃は倍返しと決まってるんだよ」
　小さな公園で二人の追走劇が始まった。ロベルトは花火の明かりの中で、その様子を見詰めていた。
「両手に美少年。良い一日だったよ」
　打ち上げ花火の音は連続した。競い合うように近所に響くのであった。

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