夏の寝子島｜リアクション

夏の寝子島

　シーサイドタウンを経由して海岸沿いの道に出た。砂浜にいる人々を目にした贄田錵子が目を輝かせた。
「お姉ちゃん、人がいっぱいですよ」
「暇な人が多いのね」
　贄田鵙子は帽子の鍔を上げて気のない声で返した。
「露店もあるみたいですよ、お姉ちゃん」
「だから、何よ？」
「今日は暑いですよね。カキ氷が食べたくなりますよね。そうですよね」
　笑顔で詰め寄ってくる錵子の顔を掌で押し返す。
「この暑さで長袖のトレーナーや長ズボンを穿く錵子が悪いのよ」
「気持ちいい暑さのせいです。ねえ、お姉ちゃん。カキ氷を食べようよ、ねえねえ」
「急に子供みたいになって……まさか錵子、お金がないの？」
「全くありません」
　胸を張る錵子に鵙子が溜息を吐く。
「仕方ないわね」
「お姉ちゃん、大好き」
「はいはい」
　鵙子は砂浜に降りた。スキップをするように錵子が付いてきた。
　二人は露店を見て歩く。
「飲み物やスイカはあるけど、カキ氷は見当たらないわね」
「お姉ちゃん、ありました。カキ氷ですよ」
　錵子が指差した方向にカキ氷機が置いてあった。ただし露店ではない。周囲の様子で一般が持ち込んだ物とわかる。
「あれは売り物じゃないって」
「カキ氷を二つください」
　話を聞かない錵子は堂々と注文した。近くにいたシグレ・ナイトウォーカーが愉快そうに笑った。
「堂々とした態度が面白いな。ＢＢＱは終わったが、カキ氷はまだあるだろう。いいぜ、願いを聞いてやる」
　パラソルの下で休んでいた鴻上彰尋に指示を出す。間もなくカキ氷が二つ、運ばれてきた。
　受け取った鵙子は軽く頭を下げた。
「この子の我が儘、聞いてくれてありがとう」
「氷を使い切れて良かったよ」
「ねえねえ、お姉ちゃん。このカキ氷、青いですよ。赤ちゃんのＣＭのおしっこみたいです」
「あら、本当ね、じゃないわよ。例えが悪すぎるわ」
　鵙子は一喝した。もう、と言いながらイチゴのカキ氷を口にした。不機嫌な表情は緩和され、口元には笑みまで見えた。
　錵子はどんぶり飯を掻っ込むようにカキ氷を食べていた。不意に動きが止まり、こめかみ辺りを指で押さえた。
「ツンと痛みがきましたよ。昔を思い出しますね。小学生の時の木版画ですよ。彫刻刀でガリガリ削っていたら、硬い部分に当たって大変でした。木版に顔を引っ付けるようにして力を入れたらツルッと全て刃の部分が、ゴフッ」
　鵙子の手刀が錵子の喉を直撃した。
「誰彼構わず、そういう痛い話をするんじゃないわよ」
「そういう痛みですよね。一気に冷たい物を食べたら、ツンとしますよね」
「まあ、それはそうだけど」
「やっぱり、私のお姉ちゃんです。痛い仲間なので、痛っ」
　錵子の頭頂に手刀が振り下ろされた。
「一緒にするんじゃない。本当にごめんなさいね。悪い子じゃないのだけれど、ちょっとその、こういう子なのよ。気を悪くしないでね」
　姉らしい振る舞いを見せる。その横で錵子は口を尖らせた。
「そうですね。お姉ちゃんは痛みを与える方の人でした」
「何か言った？」
「なんでもないのです。ごちそうさまでした」
　両手を合わせた錵子はくるりと回って歩き出す。鵙子は周囲に礼をして、こら待ちなさい、と言って追い掛ける。
「大変だな」
　誰からともなく上がった声に居合わせた全員が頷いた。

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