夏の寝子島｜リアクション

夏の寝子島

　シーサイドタウンを七峯亨が駆け抜ける。極彩色なアロハシャツに膝丈の黒いトランクス型の水着を穿いていた。肩にはサーフボードケースと黒いラッシュガードを引っ掛け、海岸へとひた走る。
　寝子ヶ浜海岸が見えてきた。高揚する気持ちが声になる。
「はっちゃけるぜ！」
　亨は斜面を駆け降りて海の家の更衣室に飛び込んだ。急いでラッシュガードに着替えてサーフボードを脇に抱え込む。
　目ぼしい波に向かって砂浜を全力で駆けた。
　押し寄せる波を踏みしだく。二歩三歩と進んで立ち止まった。
「お、冷たくねぇぞ。おまけに良い波がきてるじゃねぇか」
　サーフボードに腹這いになるとパドリングを開始した。最初の小さなうねりは見送り、次の大きめの波に乗った。小刻みにノーズを動かして斜めに滑っていく。最後に波頭を蹴散らすようにしてカットバックを決めた。
「今日は絶対にツイてるぜ！」
　亨は飽きることなく、何度も波に乗った。
　さっぱりした顔で海から上がった。亨は男性用の更衣室に直行した。サーフボードを立て掛けてラッシュガードを脱ごうとした。直前に表情が極端に緩む。
　――隣は女性用の更衣室……つまり桃源郷！
　ここで大人しく帰る訳にはいかねぇな。今日の俺は最高にツイてるんだぜ！
　頭の中に淫らな妄想が膨れ上がる。願望を叶える為に縮の文字を念じた。
　『縮身』のろっこんが発動して身体が急速に縮む。二センチに満たない大きさとなった亨は更衣室を抜け出した。隙間を見つけて女性用の更衣室に潜り込む。
　亨は口を両手で押えた。血走る目を上に向けていく。若い女性が尻に食い込んだ水着を指で直していた。
　――巨大な白い桃がぶるんぶるんだぜ。
　女性はＴシャツの中に両手を入れた。もぞもぞと動いたあと、巨大なブラジャーが落ちてきた。その生温かい布地に亨は飛び込んだ。理性が半ば失われた状態で頬を擦り付ける。
　瞬時に顔を引き剥がし、頭を掻き毟った。
　――下着よりも中身だろ！　下から覗けば魅惑の膨らみが見えるはず！
　亨は上を見上げた。丸い二つの膨らみの下の部分が見えていた。肝心の先端の部分がＴシャツに邪魔をされている。
　上を見たまま、荒い息で前に回り込もうとする。その刹那、ブラジャーの留め金に足を引っ掛けてしまった。前転するように転がって女性の小指にぶつかった。
「いったーい！」
　女性はしゃがみ込んで小指を押さえた。近くにいた亨の姿を見て悲鳴を上げる。
「ゴ、ゴキブリぃぃぃ！」
　弁明する間もなく、女性は落ちていたブラジャーを掴んで振り上げる。亨は一撃を避けて隙間に逃げ込んだ。
　――ろっこんで強化されたのが裏目に出たか。
　外に逃げ出した亨は桃源郷を求めた。若い女性に片っ端から走り寄る。黒いラッシュガードと同色の水着のせいで、行く先々で悲鳴が起こる。サンダルで何度も踏まれた。その都度、砂地から抜け出し、俺は負けねぇぞ、と決意を口にした。
　――ぶるんぶるんはどこだ！　俺の桃源郷はどこにあるんだ！
　走っていると香ばしい匂いがした。亨は方向を修正して突っ走る。
「…え、黒いって。まさか、ちょ、やめ、キャアァァ！」
　来島アカリは悲鳴を上げた。ＢＢＱを楽しんでいた他の者達は、どうしたんだ、と声を掛けてきた。
　スクール水着の女の子は逃げ回る亨を見つけた。
「ドーンなの」
　瞬時に両足で踏み付ける。砂地から這い出して逃げるが、一瞬で頭上を取られた。ドーンなの、と抑揚のない声で踏まれ続けた。
　――ど、どうなってんだ！？　ちょっと待てって。俺でもキツイって！
　その様子をトワ・E・ライトフェロゥが心配そうな顔で見詰める。
「メリーさん、return homeデス？」
「まだ帰らないの」
　女の子の関心が移った。その一瞬の好機を見逃さず、亨は辛うじて逃げ切った。男性用の更衣室で元の姿に戻ると手早く着替えを済ませた。
「……ドーンにぶるんぶるんか」
　澄ました顔で呟き、時に腰に手を当てて呻きながら帰っていった。