九夜山で猫まみれ！｜リアクション

九夜山で猫まみれ！

　大天使天吏が神妙な顔で九夜山の道を歩いている。服装は地味でベージュの厚めのセーターにデニムパンツを穿いていた。
　その足取りは重い。背中には薄青いリュックサックを背負っていた。
　二股に分かれたところで立ち止まる。眼帯を付けていない右目で左右を見比べて一方に踏み出した。
　波打つ金髪の髪が汗で頬に張り付く。気にすることなく、足を進めた。記憶に残る風景なのか。歩みが早くなる。
　数分後、石畳に出た。風化が激しく、一部の石が砕けて砂利となっていた。
「誰もいないね」
　天吏に落胆した様子は見られず、拝殿に向かった。朽ちた賽銭箱を横目に背中のリュックサックを下ろした。中から取り出した物を拝殿の階段に置いていく。各種の干物、鰹節と猫が好きそうな物をずらりと並べた。
　最後に天吏自身が階段に座った。特に何をすることもなく、微風に吹かれた。
「なんや、ええ匂いやな」
　横手の繁みから丸々とした白猫が現れた。目を細めて拝殿に近づいてきた。干物を目にして駆け寄ろうとした瞬間、天吏と目が合った。
　白猫は身体に似合わない速度で後方に跳んだ。
「ワシに何の用や。受けた屈辱は忘れとらんぞ」
「深く反省しています。あの時は本当に申し訳ございませんでした」
　立ち上がった天吏は深々と頭を下げた。白猫は疑いの目で見ながら、じりじりと距離を詰めていった。
「ほんまに反省しとるんか？」
　白猫の声に天吏は顔を上げた。自身の胸に掌を当てて訴える。
「愚かな私はテオという忌まわしい存在と、貴方達を同一視していました。神を騙る猫の化け物のせいで、全ての猫を敵だと思い込んでしまったのです。ある出来事が切っ掛けで、そのような妄信から抜け出せました。こんな私ですが、お許しいただけますでしょうか？」
「そないに正直に謝られるとワシも鬼やない。許さんこともないで。供物も捧げられてるみたいやし」
　白猫は干物を見て口をもごもごとさせた。天吏は透かさず、声を掛ける。
「これは私が用意した償いの品です。どうぞ、お召し上がりになってください」
「そうなんや、知らんかったわ。ほな、遠慮なくいただくで」
　階段に飛び乗った白猫は飴色のゲソに齧り付く。天吏は先程まで座っていたところに戻り、笑みを浮かべていた。
　白猫の動きが止まった。天吏の膝の上をじっと見ている。
「冬場の木の板は冷たくてあかん。もっと温かいところで食べたいもんや」
「よろしければ私の膝でお召し上がりください」
「気が利くやないか」
　ゲソを咥えたまま、白猫は天吏の膝の上に乗った。でっぷりした尻を埋めて干物を平らげた。
「おかわりが欲しいんやが、手が届かんわ」
「私がお取りします」
「なんでワシの考えがわかるんや」
「気持ちが繋がったからでしょうか」
「そうやな」
　白猫は上機嫌となった。渡された干物を夢中で頬張る。その様子を見ながら天吏は口にした。
「考えてみますと、猫がみ様がわざわざ日本語を使われるのは、私達、人間の事を考えてくださっているからなのですよね。ご配慮、ありがとうございます」
「そんなんええって」
　白猫は天吏の胸の膨らみをぽんぽんと前脚で叩いた。
　天吏は凄味のある笑みで遣り過ごし、白猫との和解を果たしたのであった。