【博戯】

　見ることには自信がある。剣術の鍛錬、それに実戦の積み重ねで培った動体視力をもってすれば、回転するリールの流れを軒並み把握することもできた。後は、ボタンを押し込むタイミングだ。
　そして御剣 刀には、スロットマシンを制するに足る、絶対の武器があった。がちり、と脳裏に撃鉄を打ち付け、
「よっ、と」
　一瞬にしてボタンを叩けば、容易くスリーセブンが揃い、マシンからはじゃらじゃらと止めどなく、滝のように黄金が流れ出た。
「やっぱり、金を引き出すのはカジノに限るな」
　御剣にとって剣術は極めるべき道であり、生きるための糧だ。しかしながら、常に割りの良い御剣好みの荒事が舞い込んでくるわけではないし、彼はどうにもお人好しだ。まともな報酬を受け取らないことすらあり、懐が寂しいことも多かった。
　そんな時、彼はふらりとカジノへ訪れては、こうして少ない元手を大量のコインへと変えていく。
「よし、金はこんなものか。後は女でも誘って楽しむか……おっ」
　ある程度の額を稼ぎ出し、コインを札に変え、着飾った客たちやバニーガールの胸や尻を品定めし始めたところで、ふと。フロアを行く、極上の女が目に留まった。




　ビデオポーカーは機械式であるがゆえに、小金は稼げても大きな儲けには期待できない。
　無論、イカサマを仕込むか否か、という話だ。
（それに……警備が厳しくて、リスクが高すぎるわね）
　美しい曲線を描く豊満な肢体をドレスに包み、優雅な仕草で筐体のボタンを押し込む。
　カジノフロアを華と彩る北条 冬華の肩書きは、ギャンブラー。表向きにはそうなっている……が、実のところ彼女は詐欺師であり、カジノから金を引き出す手管は幾つも持ち合わせがある。稀に、もっと直接的な盗みに手を出すこともあった。
　北条はその筋において名うてであり、成功を裏付けているのは巧みな手腕のみならず、彼女の放つ強烈な色香でもある。スカートから覗く美脚をついと組み換えでもしようものなら、周囲の男たちの目線はその手元から外れ、彼女の仕掛けを容易く隠してしまうのだ。
　しかしそれでいて、『カジノ・オーシャン』の誇るセキュリティ態勢は、手練れの北条をもってしても付け入りがたいほどに強固であるようだ。
「単独じゃ、限界があるわよね……」
「隣。邪魔するよ」
　傍らへ何気なく、すとんと腰掛けた男。御剣は軽く目礼しつつも、北条の妖艶な魅力への興味を隠そうともせず、切り出した。
「俺は、御剣だ。あんたは？　一人でカジノも味気ないと思ってたところでな、良かったら一緒にどうだ？」
　唐突に、不躾な物言いではある。しかしだからこそ、目ざといカジノスタッフやディーラーの視線を逸らすのに、そんな男の存在は一役買ってくれるかもしれない。
　北条は笑顔を返し……さりとて、心に警戒は解かぬまま。
「私は、南条 春香です。ぜひご一緒させてください」
　偽名も偽造身分証明書も、隙なく用意。それがつまりは、北条という女だった。



「仮面のディーラーとは、珍しいですね」
　カードの並びを吟味しながら、芽守 健作は眼鏡のノーズをくいと押し上げ、目の前の女性を眺める。
　テーブルを仕切るリサは謎めいて、その真意を塵ほども読み取ることはできない。何しろ彼女の思考は全て、常にその無表情な白い仮面によって遮られている。ポーカーフェイスもここに極まれり、おかげでついた異名は、『難攻不落の仮面』だ。
　そんな風にある種の畏敬を集めながらも、彼女を指名する勝負師は後を絶たないと聞く。
「ふふ……言っておくけれど、私から勝ちをもぎ取るのは難しいわよ？　代わりに、私を出し抜くことができれば、大きな見返りがあることを約束するわ。どうかしら、レイズしてみる？　上限は青天井でお受けするわよ」
　口ぶりこそ好意的ではあるものの、やはり仮面の下に潜む意図は読み取れない。
　とはいえ芽守はカードを弄びつつも、ここへゲームを楽しみに来たわけではなかった。彼は人の好さそうな微笑を浮かべ、
「いえ、やめておきましょう。百戦錬磨のあなたには、とても敵いそうにありませんから」
「あら、そう？　残念ね」
　リサはくすりと笑みを言葉に乗せ、芽守の要求した二枚をぴたりとその眼前へ投げ入れた。
　芽守はギャンブラーではない。本質的にはいくらか近しくも、彼の稼ぎ口はもう少し柔軟で、ルールに縛られないものだ。
「健作さん、健作さん」
　やってきた相棒の言葉は実にタイミング良く、芽守のチップが根こそぎリサの手元へ移動した頃のことだった。
「呉井さん。見つかりましたか？」
「言われた通り、条件に合う人を探してみましたけど……あの人なんて、どうですかねぃ？」
　耳元へ口を寄せ、呉井 陽太が小声で示した先。そこには、３Ｆのエレベーターシャフト付近からカジノフロア全域を眺めている、海原 茂の生真面目そうな顔があった。
　芽守は満足げにうなずき、
「ええ、良さそうなカモですね」
「やー、本当にあんな真面目そうな人が、買うのかなぁ？」
「大丈夫ですよ。私はプロですから」
　頭をかいた呉井はといえば、厳密には詐欺師ではなく、その片棒を担いでいるに過ぎない。懸念は当然だが、芽守の手並みを信用してもいる。彼がそう言えば、何も言わずに付き従うだけだ。
「では……楽しかったですよ。いずれまた」
　芽守が席を立つと、仮面のディーラーは悪戯っぽく、
「ええ。あなた、カードの腕はいまいちだけど……本命のゲームは、さぞや華麗にこなしてみせるのでしょうね。楽しみにしているわ」
　背中へ告げられた、全て見透かすようなリサの言葉に、ひとつ苦笑い。芽守はひらりと手を振り、呉井を伴い、獲物の元へと向かった。