裏切りの味ときたら実に、格別なものだ。親しげに懐へ潜り込み、言葉巧みに信じ込ませ、最後の一瞬で、全てを奪い去る。跡形も無く……標的の浮かべる茫然自失とした間抜けヅラを見れば、そのカタルシスは頂点を極めた。もはや快楽と言ってもいい。
もちろんそんなものは、標的が自分自身で無かった時の話ではあるが。
「なぜだ…………なぜ裏切った!! 黒崎ッ!!」
奇妙なことだが、詐欺師の世界にも仁義はあり、同業を的にかければたちまち爪弾きとなり、方々に情報が回り、身じろぎのひとつも取れなくなる。
黒崎 俊介の唾棄すべき裏切りは、奴自身を追い込む結果にしかならないはずだった……しかし、今思えば当然にして、奴は悪びれもせず余裕の笑みを浮かべるだけだった。
「甘いなぁ。そんなことだから出し抜かれるんですよ、泉先生」
その頃のクロサキ機関と言えばちっぽけな弱小犯罪組織のひとつに過ぎなかったが、奴には裏社会でのし上がっていくだけの、揺るぎなき才覚があった……たまたまその踏み台とされたのが、つまりはひとりの詐欺師、
泉 竜次であったのに過ぎない。
弟子入りと称して親しげに懐へ潜り込み、言葉巧みに信じ込ませ、最後の一瞬で、奴は全てを奪い去っていった。そう、全て、跡形も無く。手に入るはずだった金も……人生も。
「なぜだ、黒崎! 答えろ……黒崎いッ!!」
薄暗い牢獄に漂う空気は冷え切って身に染みたが、身の上を語る壮年の男……泉は意気軒高として、折れぬ刃のように研ぎ澄まされて見えた。
「以来、俺はここにいる。だが、一度も諦めたことは無い。機をうかがい、カビ臭い監獄の中で取り得る手を尽くしてきた……その結果、今、目の前には君がいる」
つい昨日に、同室となった男。囚人どもが色めき立つほどの、まるで女性と見紛うばかりの美貌とスタイルを持つ、彼はその名を、
レイと言った。
「……それで。オレへの依頼とは? もちろん、このつまらん刑務所を出た後のことだが」
「ああ。聞けば奴は今や、様々な悪徳に手を染め、富や権力を手にしたと聞く……だが先日に、君たちはあのツラへ
泥を塗ってやったそうだな。実に胸がすく話だ、だからこそ俺は、君を頼った」
にやりと歯を見せて笑う泉は、牢獄の中にあってさえ、決してしょぼくれた老人などではない。活力に満ちた顔は、かつて天才の名を欲しいままにした、伝説的な詐欺師そのものだ。
「奴から全てを奪い返そうなどとは思わんよ。だが少しばかりのおこぼれを頂くのは、俺にとって当然の権利だろう? ……『
カジノ・オーシャン』だ。奴が大枚をはたいてオープンしたというカジノの儲けを、そっくり頂戴しようじゃないか」
「なるほど、やりがいのありそうな仕事だ。だが、あそこのオーナーに据えられた
海原 茂という男も、なかなかやり手のようだぜ」
ずずず、と、突然の震動。足元がにわかにぐらつき、轟音とともに、揺れは巨大になっていく。
その中で、男たちは笑った。
「黒崎の子飼いの男なら当然、油断はならないとも……だからこそ面白い。そうだろう?」
「違いない」
これから我が身を待つ危険と、それ以上に魅力的なスリルへ、思いを馳せながら。
ひときわに巨大な震動が走り抜け、牢獄の壁は吹き飛び大穴を開け、レイはもうもうと立ち込めた粉塵をものともせずに踏み込むと、夜気の中へ垂れさがるロープを掴む。泉へ手招きし、
「こちらレイ。目的は達した、上げてくれ」
頭上に浮かぶヘリへと親指を立てて見せれば、すぐさまふたりは星空の中へと舞い上がる。闇を貫き走るサーチライト、眼下に瞬くライフルのマズルフラッシュや銃声、けたたましいサイレンなどは、すぐにも意識の外へ消え失せた。
「さて……仕事を始めようか」
裏切りの味わいがあれほどに甘美であるならば、復讐を遂げた後に空ける美酒の芳香とは、一体どれほどのものだろうか?
盃を満たす金色を求め、彼らは夜の中へと消えていった。
墨谷幽です、よろしくお願いいたします~。
こんなに続くとは思ってもみなかった、『悪徳』シナリオ第三弾!
ガイドには、レイさんこと夏神 零さんにご登場いただきました。ありがとうございましたー!
(こちらへご参加いただける場合は、ガイドのイメージに関わらず、ご自由にアクションを書いていただいて構いませんので!)
このシナリオの概要
こちらは『IF』のお話、もしもの世界観で、いつもとは違ったキャラクターを演じていただきつつ、何らかの犯罪行為へと関わっていただく、クライムアクション! となりますー。
舞台は現代、どこかにある大都会。
様々な悪徳へと手を染めるクロサキ機関の長、黒崎 俊介への復讐を誓う詐欺師の泉 竜次が、泥棒である皆さんへとコンタクトを取ってきました。
彼の狙いは、黒崎が事業のひとつとして、裏稼業で儲けた金を注ぎ込みオープンさせたという、豪華絢爛な『カジノ・オーシャン』!
連日大盛況のカジノでは、常にうなるほどの金が動いていて、地下の金庫室には途方も無い額が収められているのだそう。
ただしもちろん、警備の厚さは折り紙付き。最新鋭のセキュリティシステムは当然のこと、荒事に慣れた多数の警備員が客たちに目を光らせ、監視カメラに死角はありません。アヤシイ動きをすれば、すぐにも捕縛されてしまうことでしょう。
表向きのオーナーとして雇われているのは、海原 茂。若くしてクロサキ機関の幹部でもある彼はやり手で、カジノの全てを掌握し、トラブルにも動じないクールな男として知られています。出し抜くには、大胆かつ繊細な手並みが必要となるでしょう。
巧みなイカサマを仕掛け、カジノのゲームで金を引き出すも良し。セキュリティを突破し、金をたっぷり抱えた金庫を直接狙うのも良いでしょう。やり方は、泥棒たる皆さん次第!
また泥棒以外でも、その他の役柄や別の立場として行動したり、いつもとは真逆のキャラクターを演じていただくこともできます。おひとりからでもご参加いただけますので、ぜひお好きな形で、お気軽にどうぞ!
アクションでできること
アクションでは、泥棒チームの一員としてご参加いただく場合は、【1】の中の担当場所と行動内容を、それ以外の方は【2】とその内容について、それぞれご記入くださいませー。
【1】泥棒チームの一員として参加
『カジノ・オーシャン』は二十四時間営業の巨大商業施設で、昼夜を問わず、常に多くの客たちがギャンブルを楽しんでいます。
多数の警備員とあちこちに設置されたカメラがその様子を監視しており、それらの情報は全てセキュリティルームにて統括され、客が問題など起こそうものならすぐにも、重武装の警備兵たちが押し寄せ鎮圧されてしまうことでしょう。
盗みのプロセスはアクション次第となります。それぞれに、最適な方法を考えてみてください。
<カジノの構造と憂慮すべき障害>
建物の中央には4基のエレベーターがあり、各フロアを繋いでいます。
エレベーターシャフトの周辺は吹き抜けになっていて、上下のフロアをある程度見渡すことができます。
○1F・エントランスフロア
…入り口となる開けたフロア。巨大な噴水やド派手な装飾が全てを彩り、常に明るい雰囲気が満ちています。
広場、後述のホテルフロアの受付フロントや、数店の高級レストランなどがあります。
○2F~3F・カジノフロア
…様々なカジノゲームが楽しめる、メインフロア。
2Fにはトランプゲームやダイスゲーム、ルーレットなどのテーブルがあり、ディーラーはいずれも
一流揃いです。
3Fにはスロットマシンやビデオポーカーなどのゲームマシンが並んでいます。
○4F・セキュリティフロア
…4Fの全てを占める、軍事施設並みの大掛かりな人員とシステムを擁するセキュリティフロア。
ディーラーや警備員から寄せられる情報、監視カメラの映像、エレベーターの稼働状況、また売り上げを
含むあらゆる金の流れを掌握、管理しています。
どこかで異常が見つかれば、ここからライフルやボディアーマーを装着した重武装の警備兵が出動し、
暴力的な手段も厭わず問題を解決します。
○5~9F・ホテルフロア
…泊りがけでギャンブルを楽しむ客たちのため、宿泊施設が備えられています。
内装は広くて豪華、サービスも超一流。
○10F・スタッフフロア
…各スタッフの控え室と、オーナーである海原の支配人室があります。
海原は、平時は大抵この支配人室に詰めていて、何かあればセキュリティフロアにて全体の指揮を執ります。
○B1F・金庫フロア
…巨大な地下金庫室。売り上げの全てがここに収められています。
扉を開くための電子キーは海原が常に持ち歩いていて、異常が感知されると即座に隔壁が内外を遮断します。
※上記に記載されていないような箇所は、一般的な建造物の構造と変わりないものとお考えください。
【2】その他の立場で参加
こちらは自由枠になります。
カジノに務める警備員やディーラーのひとりだったり、単なる一般客のはずが巻き込まれてしまったり、偶然にも同じタイミングで忍び込もうとする第三の泥棒であったり……などなど、何でも構いません。
アクションには、上記と合わせて、
・泥棒として参加する理由
(メチャすごい借金抱えてて仕方なく、人から物を盗むのが生きがい、孫に小遣いあげたくて……などなど)
・プロフィールとは違ったキャラクターを演じる場合、その内容
(名前、職業や肩書、性格など。元とは全く違うものでも、もちろんそのままでもOK)
といったあたりも、必要に応じてお書きいただけましたら。
前回から引き続きご参加いただく場合も、同じ人物を演じるのはもちろん、仕切り直して別のキャラクターになっていただいても構いませんので!
その他
●参加条件
特にありません。どなたでもご参加いただけます。
●舞台
いつもの寝子島とはちょっと違う、どこかにある大都会。
黒崎がオープンさせた『カジノ・オーシャン』が舞台となります。
●NPC
○泉 竜次
寝子島高校のロックな美術教師ですけれど、今回はパラレル設定なので、名うての詐欺師役です。
黒崎の裏切りがきっかけで、長いこと刑務所に服役していました。泥棒の皆さんは、彼からの依頼でカジノを狙うことになります。
なお、裏社会には顔と名前が知れ渡っているため、海原や黒崎を騙すことは難しいでしょう。ただそれだけに、目を惹く囮にはなるかもしれません。
○海原 茂
寝子島高校の元生徒会長ですけれど、パラレル設定なので、黒崎の部下にしてカジノのオーナー役です。
常にカジノ内のあらゆる状況を掌握する、クールな敏腕支配人で知られています……が、ある特殊な嗜好の本を愛読しているらしいとかなんとか?
地下金庫室を開くための鍵は、彼だけが所持しています。
○黒崎 俊介
寝子島高校の存在感欠乏気味な教頭先生ですけれど、パラレルなので悪役です。
表向きは、やり手ながらさほど目立たない普通の青年実業家。裏では目的のためなら違法な手段も厭わない、冷酷な男として通っているそうです。
今回のリアクションに登場するかどうかは、アクション次第。
●備考や注意点など
※上記に明記されていないNPC、及び今回のシナリオには参加していないPCに関するアクションは基本的に採用できかねますので、申し訳ありませんが、あらかじめご了承くださいませ。
※なお、当シナリオでは犯罪行為にスポットを当てているものの、あまり血生臭いのはNG、ということにさせていただきます。華麗にドライに飄々と、人死には出ない方向ということでひとつ!
以上になります~。
それでは、皆様のご参加をお待ちしております!