オープンスクール　〜みんなで寝子島中学校へ行こう〜｜リアクション

オープンスクール　〜みんなで寝子島中学校へ行こう〜

　オープンスクールが開始されて暫く経った頃、御剣刀はミルクホールのカウンター席にいた。
　厨房担当者が居るらしく、店長の寺島康子がカウンターに立っている。
「先輩たちは居ないんですね」
　土曜日なのにこの家の甥っ子たちが居ないのに気づいて話しかけると、康子は事情を話してくれた。
「——あー、イリヤ君の授業参観か。寺島さんは行かないんですか？」
「出来れば行こうと思ってたんだけど、パートさんで都合のつく方がいなくて。
　高校生のアルバイトの子たちが入ってくれるって言ってくれたんだけど、皆かなり連続シフトぎみだったから丁重にお断りしたわ。
　イリヤは私が行くよりお兄ちゃんたちが来てくれた方が嬉しいだろうし、高校生になったら三人いっぺんに見に行けるものね」
「そうですか……」

　刀は一度沈黙して、暫く康子がグラスについた水滴を拭き取って定位置に戻す作業を眺めていた。
　確かに康子は店長で、責任ある立場だ。仕事ぶりを見ていると、周囲の店員の倍は効率が良いと感じられる。一人で店を左右するような人物ではあるが、彼女を欲しているのは客や職場だけではない筈だ。
（俺がお店の経営に口出すのは拙いと思うんだが……）
　刀は考えた上で言葉を発した。

「寺島さん」
「なぁに？」　
「俺、祖父さんから剣術を習ってたんですけど家族から反対されて、家を出て祖父さんの所に住んでたんですよ。
　それで運動会とか色々な行事には祖父さんと祖母さんが来てまして……当時はそれ程感じなかったんですけど、今思うと嬉しかったですね」
　自分の思いで話を出して、刀は康子に伝えようとしている。
「だから、寺島さんもいけるなら授業参観に参加してもらいたいなって思って」
「……ええ」
　康子は相槌を返した。
　先ほどまでテキパキと止まることなかった手が、エプロンのまで組まれている。
「イリヤもそうかしら……」
　康子にしては珍しく気弱な声に、刀は「はい」と強く答えた。
「イリヤ君も、そうだと思います。だから行ってください」
「え？」
　康子はまつ毛をあげた。そんな提案があるとは思ってもみなかったのだ。
「朝食から昼食の間なら料理の注文も少ないでしょうし、厨房担当の人もいるんですよね。
　臨時でバイトしていたこともありますし、多少の勝手は分かりますから、万が一注文だらけになって厨房が回らなくなったとしても本格的な物でなければ、俺、何とかします」
「それは……そうね、どうしたらいいのかしら」
　康子は面食らって、落ちてきた髪を耳にかけながらどう判断をつけるべきか悩んでいるようだ。刀は席から立ち上がった。
「イリヤ君の中学二年生も、俺の高校一年生も過ぎたら二度と来ないから、彼の『今日』の参観日には貴方が必要です。
　大切な人が自分を見に来てくれるのはやっぱり嬉しいです、他の子達には来てくれているなら尚更ね」
　康子は口をつぐんだままだったが、目線が他の店員や店の様子をみるために動いている。
　その気になってくれたのだと分かった刀は微笑んで、彼女の背中を更に押した。
「１、２時間位なら時間稼ぎますよ、行ってください」

　数分後。刀は康子と共に店の奥にある裏口に立っていた。
「これで変じゃないかしら」
　康子は店長として不測の事態が起こった際の為にロッカーに突っ込んであるパンツスーツに着替えていた。彼女に「バッチリです」とサインを送った刀自身は、ミルクホールの男性従業員姿になっていた。
「あ。ネームタグはデスクの上だからつけておいて。それじゃ行ってきます、あとは宜しくね——！」
　小走りで出て行く康子に軽く手を振って、刀は店長の指示通りネームタグを取りに事務所へ戻る。
　４人の主人が揃って不在になるため、事務所に入れられたポンチクが何があるんだろうと首を傾げているのへ、刀は歯を見せて笑った。
「留守番頑張ろうぜ」