オープンスクール　〜みんなで寝子島中学校へ行こう〜｜リアクション

オープンスクール　〜みんなで寝子島中学校へ行こう〜

　オープンスクールの知らせを聞いた時、篠原翠響が思い出したのは、１年生の時の理科の授業だ。
　授業内容は天体観測の報告発表で、事前にグループを作り、夜の九夜山で観測を行ったのだ。
（あの日は寒かったなあ……）
　震える身体を寄せ合って、でも笑いながら楽しい思い出だった。授業そのものよりその時の印象が深く残っている。
（あの時の空は本当に綺麗だった）
　全校生徒の保護者向けプリントを見て、自分の授業内容を書き込もうとし、翠響はクラス便りを取り出した。
「今年の授業は……美術か。何やるんだっけ——」

　そして当日。
　美術の授業の内容は『扇子製作』だ。
　と言っても最初から組み立てて作るのではなく、学校で用意された扇子に、絵を描いたり飾り付けをしたりするのである。
　配られた扇子を広げて、翠響は思った。
　安っぽい作り。留め具が緩いし、柄の塗装もはげかけている。
（これ百均だ）
　まあそんなところに贅沢は言わない。授業として大事なのは学生の翠響が何を描くかだからだ。そして問題点もそこにある。
（……さて、何を描いたらいいのやら）
　翠響は頬杖をついて考え込んだ。
　ネタに走ってもいいかな？　なんてよぎってしまうものの、母親の存在を思い出してそれは帳消しにした。
（『逆転勝訴！』はダメだ。ウン）
　４０をすぎてから深まった気のする、気難しい性格を表した母親の狭い眉間を遠目に見て、翠響はこっそり息を吐いた。

　しかしネタがダメとなると、どうしたらいいだろう。
　脳内にあらゆるものを浮かべては廃案にしていきながら、翠響の中で一番存在が大きかったのは片思いをしているイリヤの存在だ。
　翠響はイリヤに想いを寄せているものの、今年に入るまで積極的に声をかけたことはあまりなかった。
　だから印象に残っている彼のこちらを見た顔は、雨の日のビニール傘の下になった顔と、先日彼の兄と中学生がいざこざを起こした時の顔だろう。
（イリヤの恐ろしい一面を見てしまった）
　あの時のイリヤは『何か』を外すと宣言して実際に外していた。だが一方で彼が自分の家族を守るためなら、躊躇なく暴力を仄めかす人物だと知ってしまった。
　翠響は今まで彼の何を見て、どこを気に入り恋心を抱いたのか。イリヤが言った「冗談だよ」を、翠響は信じられず、恐怖すら感じたのだ。
（垣間見たのは狂気にも似た強い兄弟愛。或いはそれは自分の一面的な物の見方かもしれないけれど）
　考え事が深くなっていた時、隣の席の同級生の視線が翠響の『作品』を凝視していることに気づいた。
　下書きの紙には、少年のシルエットが完成しかけている。
　イリヤの事を考えるあまり、手と指が勝手に彼の姿を作り上げていたのだ。
「あ！」
　思わず吐いた声ごと誤魔化すように、翠響は慌てて消しゴムを動かした。

　結局この授業で翠響の扇子に描かれたのは、コタツをヤドカリのように被った——と言うよりも一体化したキャラクターの絵である。
　童話風に仕上げられたその作品を見て、母は頷いてくれたから良しとしたい。