『脱出！　着ぐるみ包囲網２４時！』（６）

　番組におけるひとつのルールはこの場においても有効であり、神薙 焔はスマートフォンに映し出された映像を確かめて、
「……止まって」
「ど、どうしたの？　焔さん」
　真っ黒なペンキで塗りたくられた木造家屋の裏手に身を潜めながら、眼鏡の向こうで怯える多喜 勇生の瞳に、焔は唇へ指を一本立てながら、にやりと笑みを浮かべます。
「逃げるのと考えるの、両方やらなきゃいけないのが辛いところだけど。こうすれば、少しは楽でしょ？」
　スマホには、テレビのワンセグ受信画面。映し出されているのは、のしのしと大股で横切っていく、木槌を担いだ虎面です。時折画面には黒い毛並みの前足や尻尾が映り込み、焔はそうしてレンズ・キャッツと視界を共有することができるというルールを、最大限に利用しているのでした。
「よし、行ったわね」
「ふぅ……よ、よかったぁ」
　着ぐるみが立ち去ってしまい、あからさまにほっと安堵した勇生に、焔は苦笑い。
　ふたりは改めて、たどりついた店の表玄関へと回り、そこで展開されている何とも奇妙な光景について、互いの意見を述べました。
「獣のマスク……あの『けものぐるみ』も、獣を模したものよね。動物の皮やそれを模ったものを身に着けて、獣になり切ることによってものすごい力や、人ならざる力を引き出すなんていうのは、古代からある呪術的思想よね。熊は北欧のベルセルク、豹はアステカのオセロメー……アジアの虎人、欧州の人狼なんかもひょっとして、そうだったのかも」
「うーん。肉屋の人たちは、そういうものに傾倒してた……ってことかな？　実は邪神を信仰する一族の生き残りで、人肉を供物として求めていた！　……とか」
「ふふっ、邪神信仰は少し飛躍しすぎかもしれないけど、それも面白いわね。とにかく、そういった呪術や魔術……そんな知識を、彼らがどこで得ていたか？　っていうことよ。ここは移民の町だから、彼ら自身がもともとどこかから流れてきたよそ者で、その伝承者という可能性もあったけど……これを見ると」
　焔がどこか楽しそうに、勇生がげんなりとして見つめた、それら。
「このお店が、その出所っていうことだよね。うう……何だかまるで、知り合いが好きな、酷いＢ級映画みたいな話になってきたよ……」
　壁に掲げられた、いくつもの、動物を模した不気味なマスク。紐で吊るされている、六芒星に逆五芒星のペンタクル。何の動物かもわからない、奇怪な骨のオブジェたち。
　黒い木板に白いチョークで、拙く店名が記されていました。
「『ハーブショップ・ラミレス』ね……とりあえず、入ってみましょ」
「う、うん。入りたくはないけど」



　店内はふたりが想像するほどにおどろおどろしいものではなく、意外にもすっきりと片付けられて、小奇麗に見えました。時折人骨のようなものが棚に陳列されていたりするものの、それらは単なる模造品であり、その他の商品にしても何かの粉や草などを入れた小瓶とか、布を荒く縫い合わせて作った人形とか、アロマキャンドルに香炉、それに民族色あふれるちょっとしたインテリアグッズなど。目に入るのは、そんなものばかりです。
　焔は小瓶のひとつを手に取って眺めながら、
「ふうん……？　普通のお香みたいね、これ」
「うん。このお店自体は、ちょっと変わった雑貨店って感じだね」
　勇生もそう言いつつ、何気なく拾い上げたものが子ザルのような小さな頭蓋骨を模した置き物だったので、彼は声を上げ慌ててそれを元に戻しました。
　品ぞろえを見るに、確かに少しばかり奇をてらった、アンティークショップを兼ねたハーブ店といったところです。表の店構えにしても、言わばその効能についての、いささか過剰な宣伝のためであったのかもしれません。あまり豊かでは無いように見えるこの町において、荒んだ気分を落ち着ける手段としての香を販売したり、あるいはちょっとした占いを提供して、住民たちのささやかな迷いに気休めの指針を示してやったり……そうしてこの店は、ひっそりと町に溶け込んでいたのでしょう。
「あ、奥にも部屋があるみたいね」
　……けれど。焔が示した、その扉の向こうへ、一歩足を踏み入れた途端に。
「う、うぅっ！？」
　勇生は思わずうめき、ふたりは整えられた店内が、この店のごく限られた一面を投影しているのに過ぎないことを悟りました。
　模造品ではない、おびただしい人骨、動物の骨。完全なものもあれば、切り離された一部も。針や釘に突き刺された、無数の人形たち。頭蓋骨を模った椅子、頭蓋骨を模った机。その上に、転がる目玉、赤錆びたナイフ、半ば切り離された蟲の死骸、何かの内臓らしき肉片。
　中央に、暴れる鶏の首をつかみ上げ、血走った瞳でナイフを振り上げる、不気味な、けれどどこか美しい、黒人女性の蝋人形。
「こっちが、この店の本当の姿……ってわけね」
「き、気持ち悪いなぁ……！」
　まさしく黒魔術の粋が収められた、秘密の部屋。
　頭蓋骨の椅子の背もたれに白いカードが掲げられていて、ふたりは床に散らばる何かの生き物のパーツらしきものをまたぎながら、それを覗き込みます。



　　　　　ハーブショップ・ラミレス
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　　　　　　この蝋人形は想像図である。事件後、ラミレスについて判明したことは少ない。
　　　　　　彼女はブードゥーにおけるマンボ（女神官）であったと考えられるが、同時に
　　　　　　攻撃的な呪術を操るボコール（黒魔術師）でもあったとされる。
　　　　　　なお、ラミレスの死体は見つかっていない。

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　机の上には黄ばんだ羊皮紙もあり、そこへ書き付けられた『人骨粉大さじ一杯』『アマガエルとヒキガエルの内臓』『ゴカイ２００匹程度』『フグ毒少々』などという文字に、勇生はまたうわぁと声を漏らしました。
「えっと、つまり……この人が黒魔術師で、肉屋一家に呪術的なマスク、というか着ぐるみを渡したってこと？」
「どうかしら。彼らはもともと、宣伝のために着ぐるみを着ていたのよね？　だとしたら、彼らは黒魔術師に何を教わって…………、っ伏せて！！」
「！？」
　唐突に叫んだ焔。その手には常に注視していたスマホのワンセグ画面があり、指差したのは、
「う、うわぁっ！？」
　勇生の頭目がけて振り抜かれた、巨大な木槌。慌てて身をかがめた勇生の頭上を通り過ぎ、木槌は天井からぶら下がる何かの骨を砕き散らしながら壁へ叩きつけられ、轟音を鳴らします。
「しまった、出口を塞がれたわ……！」
　虎面の着ぐるみは部屋の入り口をちょうど塞ぐように立ち、ふしゅう、ふしゅうと熱い吐息を漏らしながら、木槌をゆっくりと振りかぶります。
「あたしたちじゃ、戦っても勝てないわね！　どうにかして隙を作って、逃げなきゃ……、？」
　焔が、勇生の表情へと現れた違和感に気付いたのは、その時でした。
「ちょっと多喜くん、どうしたの？」
「う、ううう……っ！　こ、怖いよぉ……！　怖い……けどッ！」
　するり、と外した眼鏡。発動したろっこんは、彼のもろい精神に驚くべき変化をもたらし、

「こんなところで、死んでたまるかよ……！！
どきやがれ、このケダモノ野郎ッ！！」
　レンズの向こうから現れた瞳は、すっかり吊り上がり据わっていました。
　彼はおもむろに頭蓋骨型の椅子を両手で抱え上げると、それを振りかぶり、虎面へと真上から叩きつけました。さらには怯んだ隙に強烈なタックルをぶちかまし、大柄な着ぐるみをドアの向こうへ弾き飛ばしてしまうと、
「おいっ、逃げるぞ！！」
「了解！　なんだ、頼りになるじゃない♪」
　ふたりは目を回したらしい着ぐるみの腹を踏み越え、ハーブショップの外へと飛び出し、間一髪。難を逃れることができました。



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