「えー。ここでひとつ、番組から、訂正とお詫びのお知らせがございます」
　新出府 譲は赤い腕章を身に着けたスタッフからカンペを受け取ると、ちゃきり。顔の無い顔へやけに分厚い瓶底メガネなどかけ、生真面目なフリを装いながら、神妙にそれを読み上げます。
「以前に放送された『ミッドナイト・フリーキー・ショウ！　～実験島ネコジマ』において、提示された資料に『豹型』とあったにも関わらず、登場したのは『狐型』でした。正しくは『狐』で、『豹』は誤りでした。訂正してお詫びいたします…………良く見りゃ今回のタイムスケジュールも間違ってるじゃないか、やれやれ。ていうかだ、何だって俺がこんなモノを読むんだ？　もっと他に、読まされるべき輩がいるように思うんだがね？」
　えー。はい。お詫びいたします。すいません。素で間違えてました……！
「だとさ。まァいい……あー。そうだな、うん」
　ぽいとダテメガネを放り捨て、新出府は腕組み。何か考えるようにぐりんと首を傾げると、うむっとひとつうなずいて、
「そう、例えば俺だ。どこかで表に出ちまった以上、そいつはもはや、あながち全部が間違いってわけでも無いんだよ」
　とことことやってきた、豹のマスクをかぶった着ぐるみの小柄な肩を馴れ馴れしく抱き、うそぶきます。
「なぁ、考えてもみてくれ。世の中誰もがマスクをかぶり、時にはいくつものマスクを使い分けて、そうやって毎日をやりくりしてるもんだ。そうだろう？　何もかもが万事、見てくれの通りってわけじゃあないのさ。こじつけっぽく聞こえるだろうが、そういうことさ」
　びょうと乾いた風が吹き、土煙の向こう、荒野に佇む土色の町。どこかのテーマパークのような極彩色の看板は、けれど土埃にまみれて色褪せて、それでもぴかぴかと空々しくネオンサインを灯し、調子っぱずれの愉快なメロディで来訪者を誘います。
　やがて画面は顔の無い顔と、虚ろな瞳のマスクをドアップに映し出し、
「気を付けるといい。何もかも、目に見えるままとは限らない」

『脱出！　着ぐるみ包囲網２４時！』（１）

　たとえば一条 紗矢香と、楢木 春彦。
「あら、春彦？」
「…………サヤ！？　えっ、いやオマエなんでこんなトコいんだよ？　つか、いつ寝子島来たんだよ？」
　気の置けない幼なじみ同士、その再会がなぜだか、こんな無味乾燥とした荒野のような場所であるのは、ある種運命的ですらあったのかもしれません。
「何で、と言われてもね。１、最近寝子校に転校して来たから。２、面白そうだから。としか答えられないけど？」
「相変わらずだなぁオイ……こんな状況だっつーのに」
　何しろ、唐突。奇妙な番組へ放り込まれたと思ったら、目の前の看板には、こんな文言が楽しそうに踊る文字で書かれているのです。



恐怖の殿堂　『ゲイシーズ・ブッチャー・ランド』へようこそ！！


　まるで、何かのアトラクション。看板はことさらに愉快な調子を演出しようとしているものの、流れるテーマ曲らしきメロディは、調律の狂ったピアノのようにぐにゃぐにゃと歪み、不気味な景観と相まって、何とも不安をかきたてます。
「……『ＭＦＳ！』だっけ？　俺深夜は寝てっからＴＶ見ねぇし、知らねぇけど。どう考えてもフツウの番組じゃねぇよな……」
「まぁ、あらすじは大体わかったわ。敵に立ち向かって謎を解き明かし、番組を盛り上げて視聴率の奪い合いに勝つ！　ってことでいいのよね？」
「飲みこみ早ぇな！」
　そうこうしているうちに、ピカピカとネオンサインの灯る看板の前へと、同じように巻き込まれたらしい面々が、ちらほらと顔を揃え始めます。
　多喜 勇生は、周囲に満ちる奇怪で不穏な空気へ敏感に反応し、
「て、テレビの撮影なら、危なくは無い……わけないよね？　い、いくら僕が鈍くたって、さすがにここが全然安全じゃないってことは分かるよぉ……！」
「だ、だ、大丈夫よ！　まずはとにかく、落ち着くのよ。そう、落ち着いて……落ち着くのよ、理紗子……！」
　人並み以上にビビリ屋な深倉 理紗子は、勇生を勇気づける……かと思いきや主に自分へ言い聞かせるように、ひたすら落ち着け落ち着けとつぶやいています。ふたりは実に視聴者が見たがるようなおどおどとした態度で、テレビ向きではあったかもしれません。
　反面、こんな状況にも関わらずやけに張り切っているのは、神薙 焔と深縹 露草。
「この閑静な田舎町で、一体どんな凄惨な事件が起きたのか？　さあ、あたしたちで、その呪われた真相を明らかにするわよ！」
「これが方々のバイト先で噂になっていた、『ＭＦＳ！』デースか。ＯＫデース！」

「皆様が無事帰れるよう、私も全力で挑むことにしますよ……ふふ！」
　怯むこともなく、どんと胸を叩いた様は、何とも頼もしい限りなのです。
　……と。
「ね……ねえ。あれ……何かなぁ？」
　最初に気付いたのは、恐怖から自然と周囲へ警戒の視線を巡らせていた、勇生でした。
　ずるり、と。ピカピカ灯る看板の裏から。ぎらりと鈍く光を返したそれは、包丁。半ば血にまみれた、肉切り包丁。
「ひ……っ」
　息を呑んだ理紗子の瞳へ映るのは、狼の着ぐるみを着こんだ、誰か。ナニカでした。
「っ、みんな逃げて！！」
　焔が叫ぶと同時。狼はぬるりと肉切り包丁を振り上げ、飛びかかったのは手近な露草。
「Ｎｏｏｏｏ！？　と、とりあえず逃げマース！！」
「うーん、なるほど。これは怖いわね」
「冷静に言ってんじゃねぇ、サヤーっ！！」
　露草は身をかわして駆け出し、春彦も紗矢香の手を引き一目散。
　蜘蛛の子を散らすように、彼らはバラバラの方向へと逃げ出しました。



　目の前に、虎のマスク。ふくよかな身体の着ぐるみへ、屋敷野 梢は眉を吊り上げ、口角をぐいと上げ、指差して。
「ふふん。『ＦＯ/Ｘ－44951』……また会いましたね！　と、言わせていただきます！」
「あぶないよぉ、こずえちゃん？」
　やけに間延びした声で、壬生 由貴奈は振り下ろされた大きな木槌から身をかわした梢の背後から、ろっこんを発動。びしばしと手持ちの工具類を虎顔のマスクへぶつけて作り出した隙に、
「今だよぉ」
「よし！」
　閃くダマスカスブレード。サキリ・デイジーカッターが袈裟斬りに斬り伏せると、着ぐるみは派手に吹き飛び、仰向けに地面へと倒れ込んで動かなくなりました。
　彼らの持つ戦闘能力を駆使したなら、着ぐるみを撃退することも可能ではあるようです。けれどサキリは、油断なく刃を構えたまま、
「倒してもキリが無いのは、あの時で身に染みてるからね。無駄な戦闘は避けて、慎重に動くべきだと思う」
「うちも同感だねぇ。ほら」
　予兆の無い襲撃を受け、やむにやまれず応戦したものの、由貴奈が指差すと着ぐるみはぴくり、ぴくぴく、と痙攣して、完全に仕留めたわけではないことがつぶさに分かりました。しばらくすれば復活して、何度でも彼らへ追いすがることでしょう。
　梢もうなずいて、
「私も、大した武器も武術も無いですし、クレバーに行くべきですね。そっちのほうが私っぽいですし！」
「んじゃ、ひとまず手分けして情報収集だな。まとまって動いてりゃ、すぐに見つかっちまう」
　くいと帽子のつばをつまんで提案したのは、夜海霧 楓。
「それぞれ情報を集めて、集合場所は……そら、あそこでいいだろ」
　指差したのは遠く、高くそびえる灯台です。空気はかさかさと虚ろに乾いていながらも、どうやらそこは、海辺の町であるようです。
「実験島の映像は見たぜ。『トム』、『ハリー』、『ディック』……あの光が着ぐるみどもを一時的に吹き飛ばしてたのを考えると、あの灯台にも何か、ヒントがあるはずだ。でなきゃ理由もなく、そんな名前付けねぇんじゃねぇかな」
「確かにそうだねぇ」
　由貴奈もこくりとうなずくと、
「じゃ、みんなで手分けして、ヒント探そぉ。で、それから灯台に集合ね。みんな、気を付けてねぇ？」



　看板の脇を通り抜けた彼ら、来訪者たちを、愉快なアトラクション『ゲイシーズ・ブッチャー・ランド』は迎え入れます。
　新たな獲物の到来を歓迎し、唾液にまみれた咢を開くかのように。



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