【星幽塔】第三階層　鳥籠には少年の欠片｜リアクション

【星幽塔】第三階層　鳥籠には少年の欠片

　枯れた樹蔦に覆われた煉瓦造りの屋敷を大回りに巡る。
　屋敷を巡る立ち枯れた林に身を潜めて進めば、農場のあちこちを我が物顔で闊歩する狼たちに見つからずに済んだ。
(庭具があるとすれば、)
　屋敷の内部から漏れ聞こえる誰かとナニカが争う気配に柔和な弧を描く眉を顰めながら、大天使天吏は屋敷の裏へと回る。
(屋敷裏の庭や井戸、……かしら)
　屋敷の入り口に見た幼い少年がこの地を管理していたのならば、大人が使用するようなものではなく、あの小さな体に見合うサイズのものがあるはず。
　もしもそういった物品が見つからないのであれば、
(あの少年はこの階層に存在する精霊に近い、……のかしら)
　大地を耕し、肥やして種を撒き、健やかに育てるには大変な労力を要する。これほど広大な土地をひと一人で管理できるとは到底思えない。
　元は丹念に手入れされていたと思しき芝生の庭も、少し外れた位置に見える井戸の周りの花壇も、今は何もかもが白茶けて荒れ果てている。
　井戸に洗われ立てかけられた鍬を見、それが大人の使う大きさであることを確かめ、天吏は息を吐く。
　いくつかの欠片に分かたれたという少年は、元通りひとつとなればどうなるのだろう。
　例えば、あの少年がこの土地の実りを操る精霊のような存在とするのならば。
(この農具の持ち主は、……)
　思い浮かぶのは、少年を屋敷に引きずり込んだ黒い腕。ひとのかたちならざる存在が、この農具の持ち主が変容した可能性は考えられないだろうか。
　考えに沈む天吏の背後、誰かの悲鳴じみた気合の声が響いた。
「っ、ぅあぁあッ！」
　振り向いて眼にしたのは、魔法使いのような格好をした蒼い黒髪の少年が、魔法の杖を振り下ろし、どこからか現れた狼の鼻面を殴るその瞬間。
　案外尖った杖の頭を一番弱い鼻面にぶち当てられ、狼が悲鳴を上げる。
「どッ、どうだ！」」
　頬を上気させ息を乱し、来島アカリは薄紅の瞳を怒らせ狼に向けて一喝する。
(ここがこうなったヒントとかあるかもなーって、)
　別のところの役に立ちそうなものがあれば持って行こうと思い、東の小屋から助け出した少年の欠片を同行の獅子目悠月に預けて傍を離れた。屋敷裏へと回り込んだところで、狼と鉢合った。
「自分の身くらい自分で守れるんだから、な！」
　もう一発喰らうか、ともう一度杖を構える。しばらくアカリと睨みあって後、狼は不穏に唸って後退った。ふいと頭を背け、林の中へと消える。
　杖に縋るようにして息を吐き出す少年をちらりと見遣り、言葉掛けずに別の場所へ向かおうとして、天吏は足を止める。
「……ねえ」
　白い指で指し示すのは、井戸端に掛けられた大人が使う大きさの鍬。
「この農場、あの少年しかいないのかしらね」
「えっ、……それは、どうなんだろ、かな？」
　薄紅の瞳を細め、首を捻って考え込む少年を置き去りに、天吏はふらりとまた歩き始める。気になる場所は、他にもある。