【お正月】日が落ちるまで｜リアクション

【お正月】日が落ちるまで

　傘をあの人にかけてあげて。
　ゆっくりと参道を歩いて、手水を使い、横の気配を常に感じ、背筋をぴんとはりながら――差し出された手に胸を鳴らせて。
『今年も出会いの多い年になりますように。それと、恋愛も少しでも背を押して貰えれば……』
　ひっそりと願ったその願を、再び。

　五十嵐尚輝と初詣を達成できたその帰り道、噂を聞いた御巫時子が再び寝子島神社の境内にたったのは、翌日のお昼前。
　その前日に巡り合えた偶然の出会いを思い起こし、時子はそっと胸を抑え、微笑みを浮かべる。
『なんだか、興味ありそうだね』
　帰り道、通りがかりの女子高生が話している噂を聞いた時子へほんの少し視線を向けた先生の言葉が、耳に甦る。
　――その場では、思わず違いますと否定してしまったのだけれど。
　その顔を思い浮かべながらお参りをする。
　作法にのっとり頭を下げて、柏手を打つ。
『尚輝先生への、恋が成就できますように』
　心の中で、強く唱え、また頭を下げた。
「さて、次……です」
　さっと頭を上げた少女が足を向けた先は、島の南端、エノコロ岬だった。

　チチッ、と通りかかった小鳥がささやき声で伝えてくるのは、先客がいるよ、という言葉。
　ひょっとして――そう思ったものの、見知った人ではなく、年の近い、活発そうな男の子で。
　なんだかこっちをチラチラ見つつ、挙動不審な様子を見せていて、思わず時子は首を傾げた。
　それでも、すれ違うだけであるから、気にするほどではない。
　そのままエノコロ岬の、一角に足を運んだ。
　そこを訪れるのは初めてではない。
　しばらく前。結ばれることがありますようにと願をかけ、柵に南京錠を付けたことがあった。
　無数にかけられたいくつもの鍵があるけれど、不思議と簡単に自分のものを、見つけ出す。
「まだ……かかったまま……ですね」
　今はまだ、思いを伝えることはできない。先生は先生で、時子はその教え子であるから、無理に伝えても、結局は困らせてしまうだけとなるであろうことを、きちんと理解はしていた。
　それでも――ことあるごとに、願ってしまう、この思い。
『尚輝先生への恋が、成就されますように……』
　昨日の五十嵐先生の、少しはにかんだようにも見えた笑みをそっと閉じた瞼の裏へ浮かべつつ願う。
　いつか、思いを伝えた時に良い返事をもらえますように。

「先生に会いたい……です」
　ふと顔を上げて見えた、エノコロ岬の風景。
　冬の澄んだ空気と、静かな水際、遠い水平線。
　今はまだ、遠い人だけど――少しずつ、心の距離が近づいていければ、うれしい。
　傍でお話ししたり、実験をしている姿を眺めていられればいい。
　一緒にコーヒーを飲んで、あったまった体と心でほっこりとすることができたなら。
　そんな風に過ごせるようになったときに、
「またこれると……いいな」
　この風景を一緒に見れるようになれば、嬉しいのだろうなと素直に思う。
　そんな未来を想像し、そっとはにかんだ笑みを浮かべながら、時子はしばらく岬をゆく風を、受け続けていた。