【お正月】日が落ちるまで｜リアクション

【お正月】日が落ちるまで

「あやふやだからこそヒトは冒険心にかられる――そういう意味では、見事にこのまじないは成功しているといってもいいのかもしれないな」
旅鴉月詠は小さく笑みを浮かべながら、そうつぶやいた。
彼女が歩くのは、落神神社へ向かう山道。
噂を聞いたときにすぐさま彼女の脳裏に浮かんだ箇所は三か所。三夜湖、九夜山山頂、そして落神神社だ。

――落神神社は二か所目ではない、それこそが、そもそもこの噂の真相を覆い隠すものなのではないか、それが月詠の読みだった。
「願いが叶う時というのは、割と単純なものなのじゃないかな。うん、疑心暗鬼というのは時として自ら真実へ向かう道を隠してしまうものだからね」
誰に語り掛けるともなく一人つぶやく月詠の上空、かすかに開けた木々に繁る葉の向こう、やや高い空の上。
一つの影が、飛び去って行くことには、気づかぬままだった。

　そんな彼女が落神神社からほど近い、最近存在が知れてきた無名の神社にたどり着いたのは、夕暮れも近づいた頃合いのこと。
　歩きはじめが遅い時間であったこともあるが、月詠がゆるゆると歩きすぎたのも、確かな一因である。
「住人はいると聞いていたのだが――ふむ、今は不在か」
　少しだけつまらなそうにつぶやいた月詠。
　手水舎も見当たらないほどの小さな社。
それでも多少の世話はされているらしく、落ち葉が一隅に掃き固められ、少しだけ吹き清められていた。人の気配の残るその社を見つつ、月詠は顎に手をあてて、考え込んでいる。
　滅多にヒトがこないこの神社は新年を迎えるにあたってちゃんと掃除されているのだろうかと思いつつ来てみたのだが、意外とこぎれいに整えられている様子に、どのような人物がやったのか、と一通り思いを巡らせていたようだった。
「まぁ、そうはいってもやはり少しは汚れているものだな」
　しばしの思案の後、考えてもしかたないとばかりに布を取り出した月詠。
　夜には霊や妖が現れるというその社にとりつき、箇所ごとに、丁寧に汚れをぬぐっていく。
　一通り社を拭いていると、やや傷んだ箇所も、いくつか目について。
「やはり、それなりに手入れをしないといけないということ、かな」
　ご老人ばかりではあるが、落神神社を守る会の方に、情報提供でもしておこうか――そんな風に考えつつ、ひととおり作業を終えた月詠。
　満足そうに微笑むと、社から少し離れ、持ってきた水で、手を清め。
　拝殿に向き直ると、手を二度、打ち合わせた。
　当たるも八卦、当たらぬも八卦、鰯の頭も信心からというものだ。
　魔女として、この確かに成功している呪いに、願いを立ててみるのは興味深い試みであった。
「面白楽しく安全なサプライズを提供してくれると嬉しいな」
　ある意味この願いはもう叶っているのかもしれないがね。
　ふふ、と祈り終わると同時に笑った月詠が一人ごちる。
　余りフツウを脅かされても困るのだが、ね。
　心の中で付け足して、月詠は神社を後にした。

さぁて、今年も楽しい一年を始めるとしようか。

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