天使と悪魔のロマネスク｜リアクション

天使と悪魔のロマネスク

天界ビーチ『クレセントムーン・サンセット（１）

　天界に横たわる砂浜、『クレセントムーン・サンセット』の美しさときたら、格別なものだ。
「ずっと、仲の良い友達だって思ってたのに。最近は、一緒にいて楽しいだけじゃなくて……時々、ドキドキするし……離れると寂しいし」
　とはいえ今の七音侑には、それに構ってはいられないほど、他に重大な関心事があった。
　天使となったフジコ・エルアモール先生が催すスピリチュアルな占い人生相談コーナーは、今や順番待ちができるほどの大人気らしい。侑もまた、このところ気になっていることを相談してみた。
「……すっすすす、好きっなのは、好きなんだけど……！　みんなの言う恋愛とか、そういう好きなのかは、良く分からないに……」
「あは～ん。それって、重要なことかしらぁ？」
「えっ？」
　フジコ先生がぱらりとめくったタロットカードの絵柄は、愚者。
「恋愛だとかそうじゃないとか、他人がどう言ったとか、気にすることは無いわ。重要なのは、あなたがカレと、どうしたいのか！　これからも仲良く遊んでいたいの？　それとも抱きつきたい、チューしたい？」
「ちゅっちゅっ、チュウ！？」
「そうしたいと思ったらしちゃえばいいし、そうじゃないなら自然体でいればいいの。誰かが横から、それを恋愛だとか、そうじゃないとか言うかもしれない……でも重要なのは、他でもないあなたたち自身にとって、一番心地良い向き合い方。フジコはそう思うわ、うふ～ん」
「……チュウ……」
　ぼわわ！　と真っ赤に染まった頬に両手を当てて、侑の瞳は戸惑いで、ぐるぐるぐる。

　そう、ここ天界にも、恋に悩める者は多いのだ。下界と遠距離恋愛中だというねこ、神さまに恋をしてしまった天使……今や背に翼を抱く宮祀智瑜も、そうした列に並ぶひとりだった。
　彼女を迎え入れ、話を聞いたエルアモール先生は、ひとつ眉を寄せた後に、こう言った。
「……なるほど。難しい恋をしているみたいね、んふん」
「大人にはやっぱり、大人の女性が良いんでしょうか……？」
　身を乗り出した智瑜の相談は、切実だ。
　彼女が恋するのは、言わずもがな。年上で、真面目で、時折ちょっとえっちな……本人からは甚だ不本意ではあろうが……かの数学教師である。
「押したり引いたり、駆け引きするのは、私には無理そうです……ぶつかるのは得意ですけど」
「そうね、あなた良く転んで人に飛び込んでるものね」
　もちろん、智瑜は想い人の名前こそ出さなかったものの、フジコ先生もまた教師であり、難しいことは重々承知だ。
「色々と壁が高くて、告白なんてできないし。でもカッコいいから、他に良い人が現れるのも、時間の問題かなって……」
「分かるわあ」
　先生は、はふ～んっと熱い吐息とともにくねくねと腰をくねらせ、うんうん。大きくうなずいた。
「フジコも恋に焦がれて、悶々とする夜を過ごしたことがあるわ、何度もね。そう、あれはまだあたしが、いたいけな蕾だった頃のお話よ。素敵なアノ人は、あたしより一回りも年上で高嶺の花だったけれど、フジコの胸に灯った恋の炎は燃え上がるばかり、ああん……」
「あ、あの、フジコさん？　私の相談は……」
　その後、フジコ先生はすっかり昔を思い出してしまったのか、彼自身の恋愛遍歴についてとくとくと語り、気付けば瞬く間に数十分の時が経過していた。
　それは智瑜の悩みに対する、直接的な返答ではなかったかもしれない。しかし、怒涛のように語られる経験豊富なフジコ先生の恋バナは、聞いてみればこれがなかなか、智瑜の立場においても参考になりそうな、ためになる恋の含蓄に満ちていたりした。
　結局のところ、色恋の悩みは尽きない。それはフジコ先生であってさえ、同じことであるらしい。
　しかしどうやら、その共感は少なくとも、
「……ありがとうございました！」
　お礼を言って立ち去る智瑜の表情を明るくし、いくらか足取りを軽くさせてくれたようである。