天使と悪魔のロマネスク｜リアクション

天使と悪魔のロマネスク

大悪魔『ペッテン・シー』（２）

「何だか良く分かんないけど、みんな頑張れー」
　小瓶の中から届くあいらの応援を受け、次に進み出たのは、壬生由貴奈だ。ベルトポーチから取り出したクッキーをぽりぽりとかじりつつ、
「うちも、殴り合いは苦手でねぇ。勝負は……そうだなぁ。コイントスにしよっか」
　由貴奈の勝負は、同じくポーチから取り出した１００円玉を３枚、同時に空中へトス。交互にトライし、先に３枚とも表、あるいは裏になったほうが勝ち。勝敗はシンプルだ。
「なるほど。よろしい、始めましょうか……ヒョヒョ」
　ペッテン・シーがコインを改めた後に、さっそく勝負開始。
　とはいえこの勝負、仕掛けた由貴奈には、絶対の勝算がある。
　何しろ彼女のろっこん、その進化能力は、金属を自在に操作するのだ。
「おっと、いきなり３枚。表が揃っちゃったねぇ？　そっちが揃わなきゃ、うちの勝ちだよぉ」
「なんの。まだまだ、分かりませんよ？」
　シンプルな賭け、そのはずだった……ところが蓋を開けてみれば、展開は異様なものとなった。
　由貴奈が表を３枚揃えれば、悪魔は裏を３枚揃えてみせる。次は悪魔の先行、ぴたりと表を揃え、続く由貴奈も裏をずらりと並べてみせた。
「おやおや。お互い、運が良いですなぁ？」
「……やるねぇ、おじいちゃん」
　当然のこと、確信する。ペッテン・シーは、ギャンブル好きを公言する、ペテン師だ。
　その後も勝負は続いたが、いずれもコインは揃い続けて、最後に結局、引き分けとなった。

　斉田珠喪は愛用のピコハンを手のひらでピコッと鳴らしつつ、ほくそ笑む。
「さて、次はわらわの出番じゃの？」
　彼女は『Leidenschaft』の一員であり、ここで勝利を修めれば、同じく魔界で奮闘中であろうメンバーたちの後押しをすることにもなるだろう。
　卓の上のトランプを手に取り、
「複数のゲームを行い、互いにイカサマを仕掛ける。先に見破れば勝ち、または相手のミスを誘い、見当違いの指摘をさせても勝ち。どうじゃ？」
「ほほう？　それはまた、面白そうですな。乗りましょう」
　さっそく手札を配る。行うゲームは、シンプルなハイアンドローや、判断力が問われるスピード、５枚の札を特定の点数に近づける５１などをチョイス。これらの勝敗数が上回るか、相手のイカサマを見切ったほうの勝利だ。
　カード勝負は一進一退の中、先に動いたのは、悪魔だった。
「ふむ、確証はありませんが。ここは勝負といきますかな……お嬢さん、あなたのイカサマは、セカンド・ディール。いや、ボトム・ディールですかな？」
　いずれも、本来の順序とは異なるカードを配るというテクニックだ。
　しかし珠喪は、にやりと笑った。
「フフ……ハズレじゃ。わらわはここまで、『一切のイカサマをしていない』。いやいや、ちょうどこれから仕掛けようと思っていたんじゃがの？」
「なんと……！？　ヒョヒョ、これは一杯食わされましたなぁ」
　悪魔が誤った指摘をしたことで、珠喪の勝利。これで勝負は、一勝一敗一分けとなった。

「魔界に、白魂石か。なるほどね」
　続いて卓についた、篠宮六花。そうしたものに触れるのは今回が初めてだが、すぐにも状況を把握し、こうして勝負に臨んでいる。
「さて、こっちは魂賭けてるんだ。無粋な真似はしてくれるなよ？」
　するりと簪を外し、尖った先端を突きつけ微笑みながらに釘を刺す。
「滅相もない。ヒョッヒョ」
　種目は六花の指定した、将棋。長丁場による時間稼ぎを、という判断だが、言うなりあっさりと将棋盤と駒が並んだのには、少しばかり驚いた。というより、
「悪魔も、将棋のルール知ってるのか？」
「古今東西、ゲームと名の付く物ならば何でも、存じ上げておりますとも……もちろん、日本将棋もね」
　言うだけあり、ペッテン・シーの指し手にはぶれが無く、初心者のような迷いも無い。ぱちり、と駒を置く音までも小気味よく、様になっている。
　もちろん六花とて、引くつもりはない……ぱちり、ぱちん。しばしそうして駒を打つ、澄んだ音だけがあたりへと響いた。
　おどろおどろしい魔界には似つかわしくない、静かな時が過ぎていった後に、やがて、
「……詰み、か。俺の負けだな」
「接戦でしたな。なかなかに心躍る一局でした……が、勝負は勝負」
　ヒョヒョ、と悪魔が笑った途端。しゅるるるる……すぽん！　六花もまた小さくデフォルメされ、小瓶の中へと収まった。
　が、彼はがっくりと肩を落とすでもなく、
「ま、時間は十分に稼いだ。悪いが、後は頑張ってくれ」
　そう言って、瓶底にすとんと腰を下ろし、余裕の顔で微笑んでみせた。

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