【中庭ぽかぽか、良い気分】

「わー……！」
　ぱかっと開いたお弁当箱の中身はまるで、よく手入れされた美しい花壇のよう。椿 美咲紀のお顔は、ぱあっ……！　陽光を浴びながらに輝きます。
　寝子島高校の北校舎と南校舎に挟まれた中庭、ことに噴水近くのベンチは、お昼をいただくロケーションとしては実に素晴らしく、気持ちが良いのです。今日などは特に、空も晴れ渡ってぽかぽか陽気、冬の冷たい空気もあったまって、何とも良い塩梅。
　加えて目の前には、色とりどり。赤白黄色、青に紫……元気に咲く花たちの、何て目に鮮やかなこと！　植物大好き、お花大好きな美咲紀にとって、ここはもう、最高の食堂に他なりません。
　思わず、はふうっと吐息。つぶやきます。
「は～……幸せ♪」
「おっ。なるほど、花を見ながら昼メシっていうのも、オツなもんだな」
　両手に三つも四つもパンを抱えて、それに野菜ジュースやら牛乳やら買い込んで、やってきたのは食いしん坊、御剣 刀です。彼の言葉にも、美咲紀は嬉しくなってしまいます。
「そうそう、そうなのです！　こんなに良いお天気の日に、花壇のお花たちを愛でながら食べるお昼ごはんは、最高なのです！」
「だな。てことで、俺も隣、いいか？」
「もちろんなのですよー！」
　ぽすん、と隣に腰かけた刀はさっそく、学食でゲットしてきた焼きそばパンを右手に、それに唐揚げパンを左手にスタンバイ。二刀流でぱくぱく、ぱくり！
「うん、美味い！　やっぱり、この焼きそばパンは格別だよなー……ん、そっちの弁当も、ずいぶん凝ってるんだな。美味そうだ」
「ふふふー。今日は、メイドさんが作ってくれたのです！」
　美咲紀自身も、普段から家庭菜園で育てたお野菜など料理して食べたりしていますもので、そのくらいはお手の物……けれどやっぱり、プロの手によるお弁当は、目の前の花壇にも負けないほどに美しく、それに何より、美味しそう！
　メニューも豊富で、見ているだけで楽しくなってきてしまいます。ころころと可愛らしい手毬風、鮭と三つ葉のおにぎり。ジューシーな鳥の唐揚げに、ブロッコリーとシメジのオカカマヨ和え。プチトマトがいくつかと、甘ーい玉子焼き。ほうれん草のソテーも！　美咲紀はブロッコリーをお箸でちょいっとつまんで、ぱくり。新鮮なお野菜は美咲紀の家庭菜園で採れたもので、それがプロの手によって調理されたならもう、言うことなし！
　と、焼きそばパンに唐揚げパン、こってり濃厚なふたつを同時に頬張りつつ、ちょっぴり野菜も欲しくなったのでしょうか。どこかうらやましそうに見つめた刀へ、美咲紀は気を利かせまして、
「良かったら、食べます？」
「お、いいのか？　ありがたい」
「私のお庭で、ブロッコリーやほうれん草が良く育って、たくさん採れたのです！　なので、お裾分けー」
　特にブロッコリーなどは、もはや食べ放題！　と言っても過言ではないほど、大変に良く育ったのだそうでして。唐揚げを挟んだコッペパンの切れ目に、美咲紀がブロッコリーをひょいっと乗せてあげますと、刀はお礼を言って、ぱくり。美咲紀も微笑みながらに、ぱくり……途端、瑞々しい新鮮野菜の味わいが口の中へと広がって、
「おおっ！　これは……美味い！」
「でしょー？　自慢のお庭で採れた、自慢のお野菜ですもん！」
　刀の感想に満足して、美咲紀は再び目を、中庭の花壇へ。
　家庭菜園なんてことをしてますと、自然、季節の移り変わりや気温の変化には敏感になるものです。冬の空気はちょっぴり冷たくも、それもまた、季節の醍醐味。空からはさんさんと太陽が降り注ぎ、なんとも良い心地……美咲紀は思わず、ふにゃんとお顔を緩めまして、つぶやいてしまうのです。
「はうん。とっても、幸せなのです♪」



　いそいそと中庭へやってきたのは、雨寺 凛。
「うわあ、綺麗に咲いてるね！」
「ん、雨寺も一緒に食うか？　花を眺めながらっていうのも、良いモンだぞ」
「うんうん、お邪魔しまーす！」
「どうぞどうぞーなのです！」
　友人、刀のお誘いもあって、凛は美咲紀のお隣へと腰を下ろします。
　手にはあの、焼きそばパン！　ソーゼツな購買室の有様に翻弄され、もみくちゃになりながらも、彼女もまたどうやら、無事にゲットすることができたようです。
「あ、刀くんも買えたんだねー。やっぱり、噂通り？　美味しい？」
「雨寺は、焼きそばパン初めてか。ああ、こいつは……」
　と、ちょっぴりタメてから、刀はにっと笑って、
「美味いぞ……？」
「……ごくりっ」
　そう、凛は寝子校学食の誇る伝説メニュー、焼きそばパン初体験。やたらに大人気だというのは知っていたものの、実際にそれを狙ってみようと思ったのは、今日が初めてです。四限目の授業が終わるやいなや、ずどどどどっと駆けていく一部の生徒たちの姿をたまたま目にして興味を惹かれ、何とはなしに参戦してみたのでした。
　なかなかに苦労はしたものの、どうにか運良く購入することができた焼きそばパンが、今まさに、この手の中に……！　ぺりりと袋を開けた瞬間、立ち昇るソースの良い香りにはもう、期待もうなぎ上りというものです。
　んっ！　と意を決するように、ひとつうなずいて、
「それじゃ……いっただっきまーす！」
　ウワサの焼きそばパンを、かぷり！
　瞬間。ほわあああ……！　凛はめくるめく脳内小旅行へと、トリップ！
（な、何これ……す、すごいっ……！　皮はパリッと、中はモチモチふわふわなパンに、コシの強めな焼きそばパンの程よい弾力が合わさって、絶妙な……ううん、奇跡の食感！　それに麺の味付けは濃厚なのに、シンプルなコッペパンとの組み合わせで、全然しつこくない……いくらでも食べられちゃいそうな、バランスの良さ！　ああ、これは……これはもう、革命だよ……！　焼きそばパンの、レボリューションだよ……！）
　なんて、ほわんほわんほわん。一瞬にしてネココー式焼きそばパンの虜になってしまった凛は、きらきらお顔を輝かせながら、ぱくり、もぐもぐ。ひと口ひと口を、噛み締めるように味わうのです。
「……ダイジョーブなのです？」
「はっ……！？」
　美咲紀が覗き込んだところで、凛はようやくお目覚め。
「思わず、自分の世界に行っちゃった……こんな美味しい焼きそばパン、初めて食べたよ！　あんなに人気があるのも分かるねっ」
「だろう？」
　両手のパンはとうに完食し、あんぱんとカツサンドに取り掛かっている刀も、そんな焼きそばパン・ショックは経験済み。とはいえ、時折こんな風にやけに食べたくなっては、あの人々の列へと飛び込んでいくのだとか。
「やっぱり他のパンと比べても、別格なんだよなー」
「買うのに苦労する分だけ、食べた時の感動もまたひとしお、って感じだねー！」
　なんて話をしていますと、お野菜大好きな美咲紀も、ちょっぴりうらやましくなってしまったのでしょうか？
「むむむ、私もすこうし、食べたくなってきたのです……」
「あ、ちょっと食べる？　おかずと交換しよー♪」
「わーい！　じゃあ代わりに、自慢のブロッコリーを進呈するのですよー」
　こんな風に焼きそばパンが繋ぐ輪、生み出す笑顔ときたら、このお日さまの明かりのように、何ともあったかいのです。



「うひ～、買えたよ～凛ちゃん～！　しかも、自力で！　これは快挙、かいきょだよ～！」
「あ、はつなちゃんも買えたんだね、良かったー！　あの人ごみではぐれちゃったから、心配してたんだー」
　この陽気に誘われるように、中庭にはぽつりぽつりと、同じようにお昼をここでいただこうという生徒たちの姿が増えてきまして。嬉しそうな回田 はつなは、凛のお隣へ。
「うわー、良い天気！　俺も一緒にいいー？」
「僕も、隣、いいかな……？」
　早くもアホ毛がピコピコ！　パンと牛乳を手にした千鳥 雅人に、お弁当持参な恵御納 夏朝も。
「もちろん、大歓迎なのですよー！」
「ああ、こっちに座るといい」
　美咲紀も刀もそう言ってくれて、腰かけたなら、ベンチはちょっぴりぎゅうぎゅう、満員状態。けれどその分、お昼休みは何とも、賑やかな光景となりました。