【クリスマス】メリークリスマス、旧市街｜リアクション

【クリスマス】メリークリスマス、旧市街

　闇が降る。
　雪に落ちる月影に、セルゲイ・ボスコフは琥珀の瞳を暗く細める。
　森に渦巻いていた雪が止んでいる。夜空をどうどうと轟き吹き荒ぶ風が雪雲を押し流し、雲に押し隠されていた月が白々とした光を梢の隙間から降らせている。
　月の光は森に沈む闇を浮きあがらせる。
　森を駆けるうち、風を喉に凍り付かされ、雪に足を掴まれ、セルゲイは白い息を大量に吐き出して立ち止まった。眼鏡の硝子を月に光らせ、身体ごと振り返る。
　耳障りな嗤い声を上げながら、背後に迫る山羊の魔物が数匹。
　立ち止まるセルゲイを疲弊して最早動けぬと判断してか、魔物たちの歓声が一際高くなる。
「……よくも」
　後ろに撫でつけ整えた銀髪は、山中を駆けるうちにひどく乱れている。その髪を片手で撫でつけ、セルゲイは怖じる風でもなく低く唸った。
「よくも子供たちを怖がらせたナ」
　琥珀の眼に山羊男たちを捕えながら、セルゲイが思うのは檻の中で怯えた表情を見せていた子供たち。
「怖かっただロウ、寒かっただロウ……」
　子供たちの痛みを我がことのように感じて、セルゲイは自身の胸を掴む。真っ直ぐに、敵を見据える。
「お前達にその感情がわかるか」
　新雪を煌かせる月光が降っていて尚も暗い森の奥、山羊男たちのずっと背後に、子供たちの恐怖のにおいが未だ漂っている。こんなにも強い恐怖、こんなにも強い絶望。それはクリスマスイブの夜に最もふさわしくない感情。そうして、己が身に宿ったろっこんを使うための必須条件。
　こどもたちの恐怖を糧に、こどもたちの恨みを晴らそう。
「わからなければどれだけ幸せか」
　己を取り囲もうと動く山羊男たちを冷酷な瞳で見回す。周囲に敵以外の誰もいないことを感じ取る。低く低く、残酷な笑みを唇に刷く。
「――そして、今度はお前達が恐怖する番だ」
　みしり、セルゲイの全身が軋んだ。雪の上、月光に浮かび上がる人のかたちした影が、瞬く間に異形へと膨れ上がる。
　山羊男たちを圧倒してその場に立つは、腕の一振りですら山羊男の胴を抉り薙ぎ倒すことができるだろう巨大熊。
　巨大な熊へとその身を変化させ、セルゲイは黒い森に咆哮する。