怪人セブンの選択｜リアクション

怪人セブンの選択

　それは羽音のする暴力だった。
　あるいは自由意思を持つ銃弾だった。
　泉月花が立ち上がり、鉄扇を持って舞えば、蝿の群れが統率された意思によって甲板の上を飛び回る。
　それを高速移動で回避しようとする御剣。
　だが、それは不可能だ。
　今、この甲板の上はどこまでも蝿だらけ。
　いわば蝿の結界だ。
　逃げた先にも蝿、避けた先にも蝿、突き破った先にも蝿、蝿、蝿！
　ろっこんで召喚された蝿は海上の寒さなどお構いなしに元気に飛び交う。
　しかも、御剣が強行突破すると、その箇所だけ蝿が一瞬消えてなくなる。
　御剣が進むのには、蝿を叩き落とさねばならないからだ。
　つまり、どんなに高速に移動しようが、それはどの方向から襲われるか不明だから通じる手段。
　ある程度の予測がついてしまえば、剣筋や攻撃の方向から回避は『可能』となる！
「更に、あたしの『暴食』の特性、＜吸収＞によって、御剣さんのろっこんを一時的に劣化コピー！」
　御剣ほどではないが、回避するのに充分な機動性を泉月花は獲得していた。
　こうなると、消耗する御剣が不利だ。
「……御剣さん、色欲の術中にはまった時点でゲームオーバーなのです。おとなしく、ここで寝てもらいましょう」
　泉月花の舞が激しくなる。
　すると、蝿の群れは密度を増し、ひとつの塊となって頭上を覆っていくではないか！
「ご覧入れましょう。これが、あたしの必殺技――」
　蝿の群れ、否、もはや鉄塊と呼ぶべき黒い物体が御剣の頭上から振り下ろされる！

「魔王の鉄拳ッ！」

　圧倒的な物量で御剣の身体を一気に押し潰す！
「……ごちそうさまでした」
　泉月花がそう呟くと、あれだけいた蝿の群れは跡形もなく消え失せた。
　甲板に残っているのは、全身が虫刺されで膨れ上がって気絶する御剣だけだ。
　御剣をダウンできたのは、『幸運』としか言いようがなかった。
　この場に泉月花がいた『幸運』を、吉祥寺のろっこんが呼び寄せたのだろう。
「……あたしが無双するとイージーモードになっちゃいますし、すごく疲れるのですよね……」
　泉月花も膝から崩れるように倒れる。
　それを八神が駆け寄って受け止めた。
「大丈夫だ、意識はある。黙示録の力を使い過ぎたのか」
　衰弱している泉月花を抱えて後退する八神。
　それを何も言わず見守る常闇の目が怖い。
「俺のことより、伊平を止めてくれ」
　八神の言葉に首肯した常闇はすぐさま屋外プールへ急行しようとしたその時だった。
　どこからともなく、操られた人々がゾンビめいて周囲を取り囲む！
「……囲まれたぜ！？」
　樽木が身構える。
「前もこんなのあったな、って！」
　志波が突出してきた人の群れをろっこんで制止していく。
　だが、数が多すぎる！
　押し寄せてくる人並みに、英雄たちは今にも押し潰されそうだ。

　その時、赤い髪の少年と異邦人が立ち塞がる！
「鬼崎……、さっきは済まなかった。ここは僕に任せてくれ」
　灯が右半分の群衆に突っ込んでいけば、アダムは左半分の群衆に睨みを付ける。
「おじさん……、逃げよう……？」
　曖浜がアダムの袖を引っ張る。
　だが、彼は首を横に振ると、優しく微笑んでスマホに言葉を囁く。
　その液晶画面には――。
『リュウキ、子供達と一緒に逃げろ。道を切り開く』
　スマホを押し付けると、アダムは操られた集団へ突っ込んでいった。
　ふたりの炎使いの暴れっぷりは凄まじく、まるで目の前の光景がゲームかなにかかと感じ違いしてしまうほどであった。
　人が宙を舞い、吹き飛ばされ、薙ぎ倒され、殴る本人たちはボロボロになってもその勢いは衰えることがない。
「今のうちに、行きましょう！」
　黒依の号令で、彼らは屋外プールへの道を切り開いていった。