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- 00月00日生 00歳
- AAA000000
ミッドナイト・フリーキー・ショウ！ ～モノクローム・ラブ
【残影は遠くなれども】
夜海霧 楓は年に一度、たったの一回だけ、歌を歌います。
聴く者はいません。通りすがりの誰もが歌う彼を怪訝そうに眺め、不審そうに表情を歪めたとしても、歌を聴く者はありません。
公園で子供らの上げる賑やかな嬌声と、小川のさざめきに挟まれて沈み込むような交差点、ガードレールの一角に誰かが置いた花束の横へ、手にしたふたつの缶コーヒーのうちひとつをことりと置いてやってから、腰かけます。そうするたび胸に浮かび上がる言葉は、いつだってコーヒーの苦味とともに飲み下しました。
楓は歌います。年に一度、たったの一回だけ。人目はばからず、彼女が好きだった、あの歌を。
３年目に、楓は自分のあごに生えた無精ひげをぞりと撫でながら、あの頃は生えていなかったな、と気付きました。時間の流れは無情で、思い出を押しやり消し去ろうとしてか、同じ日の同じ場所であるのにも関わらず、あの頃とは違うことがやけに目に付きました。
６年目の日には、雨が降っていました。風も強く、ごうごうと川はうなり、時折通りがかる車が跳ね上げた泥水をかぶりながら、それでも歌だけはかき消されまいと、いつもは口ずさむような歌を、楓は少し声を張って歌いました。
１４年目は夜に訪れ、暗い公園の樹々から聞こえてくるささやくような鳥の声と一緒に、楓は歌いました。普段は街の明かりにかき消されて見えない月や星が、その日に限っていやにきらめいて見えたのは、彼の心の在りようがもたらした変化だったのかもしれません。
晴れたり曇ったり、朝方だったり夜更けだったり、訪れるたび見える風景は様々です。変わりゆくものも多々あり、公園は宅地造成とやらでいつしか味気ない住宅へ姿を変え、缶コーヒーのラベルデザインは洗練されていき、見知らぬ誰かは花束を供えるのをやめ、楓は歌の歌詞を半分ほど忘れました。
ただひとつ変わらないのは、そこに彼女の姿が無いことです。
２６年目に、ふと彼女の知っている楓の声はこんなに太く低いものでは無かったはずだと気付き、声変わりする前の甲高い声を取り戻す方法へしばし思いを馳せた後に、楓は諦め、野太い声で歌いました。
３１年目に、もうひとつ、変わらないものがあることに気付きました。行き交う人々は相も変わらず、歌う楓を無遠慮にじろじろと、不思議そうに、あるいは不審そうに眺めながら通り過ぎていきます。寄せられる視線の一切を意に介さず、毎年飽きもせずに交差点で歌う男の姿は、周囲の目にさぞ奇異なものとして映っていることでしょう。いつもと同じように。
彼女はもう、いません。
けれど楓は、生きています。
その現実がもたらす辛さは不思議と、街の変わりようと同じくして、歳を経るごとに薄れていくようです。歌詞だってもうほとんどはうろ覚えで、口ずさむのは鼻歌とさして変わりはしません。
ある人はそれを癒されたとか、許されたとか、そんな陳腐な言葉を当てはめ表現するかもしれません。それでも、川にかかる橋がいくら立派に改築されようと、住宅が取り壊されて灰色のマンションへ成長しようと、ガードレールが撤去されようと、交差点に車線が増えて広がろうとも、楓は毎年の同じ日に缶コーヒーをふたつ買って訪れ、ひとつを道路の脇へ置き、もうひとつへ口をつけ、苦味を飲み下し、歌います。
俺はまだ、生きてる。告げるように。届けるように。たとえ聴く者などいないとしても。
５８年目の日にも、すっかり衰えた足を引きずるようにして、曲がった腰へ鞭を打ちながら少しずつ歩みを進め、楓は変わらず交差点を訪れ、ふたつの缶コーヒーのうちひとつをことりとアスファルトの上へ置きました。声は枯れ、視界はぼやけ、杖を突くようになっても、総入れ歯になっても、楓は歌います。不思議とそうする時だけは、するすると声は流れ出てくれました。もう、歌詞はひとつも覚えていないとしても……結局のところ、それは重要では無いのでしょう。楓にとっても、彼女にとっても。
記憶の片隅に刻み込まれたメロディを引っ張り出しながらに最後までたどると、楓は中身の入った缶コーヒーを取り上げ、そそくさとその場を立ち去ります。いつもそうするように。あんまり長居して、通報などされてはたまりません。
ただ、交差点へ背を向けながらにひと言、言い置いておくのは忘れずに。
…………また来る。
来年も、再来年も、その次の年も何年後でも、足が動く限り、楓はここを訪れるでしょう。そのたび彼女は、差し入れの缶コーヒーを口にして、その苦みにちょっぴり眉をしかめてから、笑いかけてくれるでしょう。
楓は弱った足腰を叱咤しながら、いつものように少しだけ軽くなった心に笑みを浮かべ、あの頃には無かったビル街の喧噪の中へと消えていきました。
夜海霧 楓は年に一度、たったの一回だけ、歌を歌います。
聴く者はいません。通りすがりの誰もが歌う彼を怪訝そうに眺め、不審そうに表情を歪めたとしても、歌を聴く者はありません。
公園で子供らの上げる賑やかな嬌声と、小川のさざめきに挟まれて沈み込むような交差点、ガードレールの一角に誰かが置いた花束の横へ、手にしたふたつの缶コーヒーのうちひとつをことりと置いてやってから、腰かけます。そうするたび胸に浮かび上がる言葉は、いつだってコーヒーの苦味とともに飲み下しました。
楓は歌います。年に一度、たったの一回だけ。人目はばからず、彼女が好きだった、あの歌を。
３年目に、楓は自分のあごに生えた無精ひげをぞりと撫でながら、あの頃は生えていなかったな、と気付きました。時間の流れは無情で、思い出を押しやり消し去ろうとしてか、同じ日の同じ場所であるのにも関わらず、あの頃とは違うことがやけに目に付きました。
６年目の日には、雨が降っていました。風も強く、ごうごうと川はうなり、時折通りがかる車が跳ね上げた泥水をかぶりながら、それでも歌だけはかき消されまいと、いつもは口ずさむような歌を、楓は少し声を張って歌いました。
１４年目は夜に訪れ、暗い公園の樹々から聞こえてくるささやくような鳥の声と一緒に、楓は歌いました。普段は街の明かりにかき消されて見えない月や星が、その日に限っていやにきらめいて見えたのは、彼の心の在りようがもたらした変化だったのかもしれません。
晴れたり曇ったり、朝方だったり夜更けだったり、訪れるたび見える風景は様々です。変わりゆくものも多々あり、公園は宅地造成とやらでいつしか味気ない住宅へ姿を変え、缶コーヒーのラベルデザインは洗練されていき、見知らぬ誰かは花束を供えるのをやめ、楓は歌の歌詞を半分ほど忘れました。
ただひとつ変わらないのは、そこに彼女の姿が無いことです。
２６年目に、ふと彼女の知っている楓の声はこんなに太く低いものでは無かったはずだと気付き、声変わりする前の甲高い声を取り戻す方法へしばし思いを馳せた後に、楓は諦め、野太い声で歌いました。
３１年目に、もうひとつ、変わらないものがあることに気付きました。行き交う人々は相も変わらず、歌う楓を無遠慮にじろじろと、不思議そうに、あるいは不審そうに眺めながら通り過ぎていきます。寄せられる視線の一切を意に介さず、毎年飽きもせずに交差点で歌う男の姿は、周囲の目にさぞ奇異なものとして映っていることでしょう。いつもと同じように。
彼女はもう、いません。
けれど楓は、生きています。
その現実がもたらす辛さは不思議と、街の変わりようと同じくして、歳を経るごとに薄れていくようです。歌詞だってもうほとんどはうろ覚えで、口ずさむのは鼻歌とさして変わりはしません。
ある人はそれを癒されたとか、許されたとか、そんな陳腐な言葉を当てはめ表現するかもしれません。それでも、川にかかる橋がいくら立派に改築されようと、住宅が取り壊されて灰色のマンションへ成長しようと、ガードレールが撤去されようと、交差点に車線が増えて広がろうとも、楓は毎年の同じ日に缶コーヒーをふたつ買って訪れ、ひとつを道路の脇へ置き、もうひとつへ口をつけ、苦味を飲み下し、歌います。
俺はまだ、生きてる。告げるように。届けるように。たとえ聴く者などいないとしても。
５８年目の日にも、すっかり衰えた足を引きずるようにして、曲がった腰へ鞭を打ちながら少しずつ歩みを進め、楓は変わらず交差点を訪れ、ふたつの缶コーヒーのうちひとつをことりとアスファルトの上へ置きました。声は枯れ、視界はぼやけ、杖を突くようになっても、総入れ歯になっても、楓は歌います。不思議とそうする時だけは、するすると声は流れ出てくれました。もう、歌詞はひとつも覚えていないとしても……結局のところ、それは重要では無いのでしょう。楓にとっても、彼女にとっても。
記憶の片隅に刻み込まれたメロディを引っ張り出しながらに最後までたどると、楓は中身の入った缶コーヒーを取り上げ、そそくさとその場を立ち去ります。いつもそうするように。あんまり長居して、通報などされてはたまりません。
ただ、交差点へ背を向けながらにひと言、言い置いておくのは忘れずに。
来年も、再来年も、その次の年も何年後でも、足が動く限り、楓はここを訪れるでしょう。そのたび彼女は、差し入れの缶コーヒーを口にして、その苦みにちょっぴり眉をしかめてから、笑いかけてくれるでしょう。
楓は弱った足腰を叱咤しながら、いつものように少しだけ軽くなった心に笑みを浮かべ、あの頃には無かったビル街の喧噪の中へと消えていきました。
シナリオ
シナリオデータ
シナリオスケジュール
- シナリオガイド公開日
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- 2015年11月28日
- 参加申し込みの期限
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- 2015年12月05日 11時00分
- アクション投稿の期限
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- 2015年12月05日 11時00分
