ミッドナイト・フリーキー・ショウ！　～モノクローム・ラブ｜リアクション

ミッドナイト・フリーキー・ショウ！　～モノクローム・ラブ

【変わらない感謝と安らぎを】

　母は、家事が苦手です。というより、あまり慣れていないのでしょう。いつも何かと苦労していて、戸惑いながら、それでも一生懸命に立ち回り、快活に振舞おうと努力する母を見ていると、鴻上彰尋はいてもたってもいられません。慌て者でおっちょこちょいで、ひとり道を歩けば必ず迷うような方向音痴で、無邪気で幸せそうな母に任せっきりではいられず、彰尋は良くその手伝いをします。そのたび母はまるで、子供のような顔で笑ってくれました。

　年齢を鑑みれば、母が結婚して彰尋を産んだのは、今の彼と変わらないくらいの年頃だったということになります。当時は雑誌のモデルなどやっていたらしい、というのは兄から聞いたことがありました。そのためなのか、母は未だ若くて綺麗です。
　けれど、彼女の結婚生活がひどく苦痛を伴うものであったであろうことは、彰尋も想像に難くありません。
　記憶の中にも、そうした母の姿は焼き付いています。父親……と呼ぶのもはばかられる、あいつ。あいつの家にいた頃には、何しろ、母の持つ無防備なあどけなさや、失敗して浮かべた苦笑いの可愛らしさや、幸福そうな笑顔だって、一度たりとも見たことは無かったのです。いつもあいつに、家に、忙しなくただ振り回されているのみ……母があんなにも明るく笑うことのできる女性だと、彰尋は知らなかったのです。辛そうで、余裕が無くて、悲しそうで……そんな表情ばかりが、あの頃の母の顔には張り付いていたのです。
　なぜそんな結婚を、あいつを、母が選んだのか。その経緯を、彰尋はまるで知りません。昔の母の顔を思い出すに、尋ねてみるのは気が引けました。何より、今の母の笑顔を崩したくはありません。
　だから彰尋は、ただ、家事の手伝いを申し出ます。掃除や洗濯をてきぱきと済ませ、買い物を巧みにこなし、夕飯の準備を買って出ます。すっかり家事に慣れた彰尋にとっては造作も無いことで、そんな他愛のないことで本当に母の負担を軽くしていると言えるのだろうか、と時折疑問にかられることもありました。けれどそのたび、母はやっぱり、子供めいて朗らかに笑ってくれるのです。

　母も、それに兄も働きに出ているので、弟や妹の世話をするのもまた彰尋の役割です。まだ小さな彼らの面倒を見ながら夕飯の支度をするかたわら、今日もくたくたに疲れて仕事から帰ってくるだろう母のために、彰尋はちょっとしたサプライズを用意することにしました。日頃の感謝を直接口に出して告げるのは少々気恥ずかしくとも、伝える方法は他にもあるのです。
　弟妹も喜々として、手伝いを申し出てくれました。一緒に作業開始、まずはおやつのビスケットをボウルに入れて、叩いて小さく砕きます。型に入れて敷き詰めたそれを冷蔵庫で冷やしている間に、クリームチーズをハンドミキサーで、ほわほわになるまで練り込みます……これは弟が頑張ってくれました。妹がその横から、彰尋が小分けにしておいた砂糖にヨーグルトに、レモン果汁などをひょいひょいと楽しそうに投入。温めておいたゼラチンを生クリームと一緒に入れたら、弟と妹が交代でヘラを持ち、しっかりと隅々まで混ぜ合わせました。ビスケットを敷き詰めて冷やしておいた型にそれを流し込み、ラップをかけて数時間も冷蔵庫で寝かせれば……完成！
　やがて兄が帰宅し、やっぱり疲れた様子の母が帰って来て、家族は揃ってテーブルを囲みます。どんなに忙しくても、時間が合う限りはこうして夕飯を一緒に食べ、その日に合った出来事や、とりとめない雑談を交わせば、食卓には決まって笑いがあふれました。
　和やかに食事を済ませたら、お待ちかねのサプライズ。冷蔵庫から取り出しテーブルへ置いたのは、つやつやのレアチーズケーキ！　途端、母の表情はぱあっと華やぎます。そして家族みんなへ、ありがとう。そう言いました。

　感謝を告げるべきは自分たちであると、彰尋は当然のこと、兄も、幼い弟や妹だってそう思ったでしょう。
　母の笑顔がこんなにも愛おしいと思えるようになったのは、離婚してあいつの家を出てから、ようやくのことだったのです。そうして初めて、それがどれほどに稀有で代えがたいものであったのか、兄弟たちは身を持って知りました。
　彰尋は思います。守っていこう。これからずっと、いつまでだって。兄弟たちと一緒に、力を合わせて。
　無邪気で、子供っぽくて、ゆるゆるでどこか危なっかしくて、幸せな……母の笑顔を。いつまでも。