妖怪おじさんの問い～夜道で一番怖い妖怪はなんですか？～｜リアクション

妖怪おじさんの問い～夜道で一番怖い妖怪はなんですか？～

【都市伝説との遭遇】

　剣道部で汗を流した帰り道。
　腹が空いたのでラーメン屋に入った御剣刀は、ロングコートの男と話をしていた。
　一体いつの間に向かいの席に座ったのか分からない。本来なら気配を悟らせなかった存在に緊張感を持って接しただろう。
　しかし、なぜか何の違和感も持たずに会話を続けていた。

「うーん、一番怖い妖怪か。鬼婆かな」
「ほう、それはなぜですか？」
「俺、ガキの頃から高校に上がるまでは祖父さん祖母さんと一緒に暮らしてたんだ」

　あるとき、祖父さんが祖母さんをモデルに鬼婆の話をしてくれたんだ。
　それを祖母さんに聞かれて、祖母さんキレちゃって。

「……あの表情は怖かった」

　御剣は説明しながら当時の祖母の顔を思い浮かべ身震いする。
　本当に洒落になっていなかったのだ。

「身内の豹変は確かに心に刺さりますね」
「あの時はもう絶対祖母さんを怒らせちゃいけない、って誓ったよ。ホント心から」
「ふむ、それでは私は失礼します。面白い話が聞けて楽しかったですよ。ここは私が奢りましょう」
「え！　いや、そんな」
「若い人と話す機会もなかなかないですからね、ちょっとしたお礼です」

　男は御剣の分まで支払いを済ませると、先に店を出て行った。

　満腹になった帰り道。
　御剣は周囲の音が消えたことに気がついた。
　勘が危険を知らせる。御剣は慎重に歩を進めた。
　
　明確な殺意を感じる。
　出所は闇夜に浮き上がる女の姿。小袖姿にざんばら白髪。
　見た途端、御剣は背筋に駆け上がる悪寒を感じた。
　似ても似つかない姿なのに重なる。祖父すら怯えさせた祖母と！
　
　次の瞬間に白い女は面を上げて爛々と輝く瞳で御剣を射抜いた。
　後ろ手に隠していた出刃包丁を二本、両手に構えて。
　
「お、鬼婆だーーーっ！」
　
　御剣は全力で逃げ出す。
　しかし、鬼婆は老人とは思えぬ脚力で追跡を始めた。しかも徐々に間をつめてくる。
　いかに御剣が食後だったとしても、この追い上げはあり得ない。
　
　俺より速い!?
　
　その事実が一瞬で御剣の闘争本能に火をつけた。

　上等！　来いよ鬼婆。引導を渡してやるよ！

　逃走から誘導に切り替える。
　向かうは近くの空き地。思う存分剣を振るえるところ。
　
　辿り着いた御剣はすぐさま練習用の木刀を抜き放った。
　大きく深呼吸を数度繰り返し、息をもとに戻す。

　既に鬼婆は到着している。
　御剣の様子を見て舌なめずりをした。両手をだらりと下げて上半身をゆらしている。

　御剣は八相の構えをとった。やや前傾姿勢で腰を落とす。
　勝負を長引かせるつもりはなかった。己の最速の剣技で叩き伏せる。

　鬼婆が先に動いていた。
　両手の包丁の先が地面につくほどの前傾姿勢で、一気に間をつめる。
　仮に自由にさせたとしたら、低姿勢から力任せに包丁を切り上げてきたのだろう。
　真下からの攻撃は視界に入りにくく、受ける側からするとこれほど嫌な攻撃も少ない。

　しかし、それはあくまでも体感時間がまったく同じだったなら、だ。

　劇鉄が落ちるイメージを思い浮かべる。
　瞬間、御剣以外の全ての時が凍てつく。
　神速の彼方に身を置いた御剣にとって獲物は隙だらけも同然だった。

「加速、完了……」

　解凍された時が映し出した現在は、額と両腕を砕かれて地に倒れふす鬼婆の姿だった。
　風に飛ばされる霞のように消えていく。

「……いったいなんだったんだ。鬼婆も、あの男も」

　聞き慣れた喧噪を耳にとらえながら御剣はぼやいた。

　後日『妖怪おじさん』の噂を聞いて驚くことになる。

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