ラン・ラン・ラン！　｜リアクション

ラン・ラン・ラン！　

　眼下にきらめく夜景に、屋敷野梢は暫し目を奪われた。

　シーサイドタウンの、ビルの屋上。

　尽きせぬ精神と、状況に応じて策を練る冷静さで、梢は徹底的に捜査網を攪乱していた。
　いままた彼女は、シーサイドタウンに舞い戻っていた。
　ビルの林立するシーサイドタウン、ビジネス街。
　此処こそ、梢の独壇場だ。
　蝶へと変じ、ビルとビルを飛び回る。
　見事に攪乱され、警察はあちこち引きずりまわされていた。

　そうしているうちに、梢は気づく。
　他の場所に比べ、この地域の警察は、消耗が激しい。
　――同じように、攪乱作戦をとっている人間がいる？

　そう思ったとき、流れる雲を背景に、飛来してくる蝙蝠の姿があった。
　いや違う。エプロン姿のメイドだ。

　栖来衣夢。
　彼女もまた、夜を飛び、警察を振り切ろうと試みていた。

　路地から路地へ、そして廃ビルに。
　警官の足音が、彼女を的確に追い詰める。
　ロビーを抜け、階段を上がり、屋上へ。

　じりじりと、屋上の縁まで追いつめられる彼女。

（普通なら、これで追い詰めたと思うでしょうね……）

　ぱっ！
　赤黒い闇夜に、蝙蝠の翼が開く！

　警察がたじろぐ中に、真紅の飛沫が降りかかる。

　それは血……ではない。衣夢の仕込んでおいた、高級トマトジュース。
　
　衣夢のろっこん『夜の皇女（ナイトメア・ヴァンピーラ）』。
　吸血人間に変身。

　悠然と夜の大気を飛行し、あでやかな皇女は警官を見下ろす。
　夜は彼女の領邦。静謐なビロードの夜気が、彼女を包む。

　離れたビルの屋上に、彼女は着地。ここならば、すぐには追ってこられないはず。
　身をひそめ、危険ならまた空へのがれる。

　空が青い。
　群青の色。ラピスラズリ。大気が澄明になる。二人の空舞う女王は、互いに目を見かわす。　

　しびとの生命であるという説のある蝶。
　夜に棲む生命、吸血鬼。その眷属、蝙蝠。
　孤独なナイトフライトが、いかにも似つかわしい。