クリスマスのあしおと｜リアクション

クリスマスのあしおと

「ご機嫌よう」
　ベルと同時にそんな挨拶で店に入ってきたのは、試食会で協力してくれるらしい紅緒と陽毬の二人だった。キッチンで忙しくしている店の四人に変わって二人を出迎えた御剣刀は、この雨の中でも私服に豪奢なロリータドレスを着ている紅緒に——そして傘は当然のようにフリルだらけだ——、いっそ関心している。
「大道寺って雨でもその服なんだな」
「ドレスは女の戦闘服でしてよ」
「紅緒ちゃんはいつも戦ってるんだよね」
　と、そんな二人と一緒にキッチンに戻って、刀は自分の作業の続きを始めた。何も考えていないから見学だけ、と言って、陽毬は質問した。
「刀君は何を作ってるの？」　
「鯖料理。肉とかケーキとかあるけど、折角魚市場があるんだ。新鮮な魚を使った料理がいいよなって考えてな」　
「クリスマス料理なのに鯖って珍しいね」
「今が旬だしな。安くて美味しいから。酢でしめた鯖のサラダとかきっと美味しい」
　既に刻んであった玉ねぎとピーマンと、今切り終えたばかりの完熟トマトを、酢と塩とオリーブオイルで味付けたソースを作った。
「肝心の蒼き海の銀の恵みはどうしますの？」
「鯖はどうするの？　って」
「そうだな。酢普通に焼いても美味しいし、ソテーとかどうだろう」
　試しに一匹をソテーにして、一口ずつ試食してみたものの——。
「うーん、何だろうな」
「何か……一味足りないと言うか？」
　眉を寄せて難しい顔の刀の為にと、陽毬が彼女には珍しく忌憚のない意見を述べるが、紅緒は更に辛口だった。
「これはただの家庭料理ですわね。
　家で出されれば十分でしょう。でもお店で出すメニューとしては足りない」
「だよなぁ……」
　肩を落とす刀に、紅緒は一瞬視線を逸らした。陽毬の目からは、言い過ぎたと思って後悔している紅緒の内心がわかっている。人付き合いが苦手な友人をフォローしようと口を開いた。
「ん、んと。でもそれが普通だもんね」
「陽毬の言う通りね。貴方は私たちと同じ、高校生、素人ですもの。完璧でなくて当然ですわ。
　貴方が主人公ならば、ここは経験豊富な師匠に意見を求めて走る場面よ」
「うん。康子さんに味見してもらって、アドバイスを貰おう」
　刀はソテーの皿を持って康子に意見を求めに行った。紅緒と陽毬が見守る中で、康子が試食する。
「どうですか？」
「そうねー……」
　康子は少し逡巡して、こんな提案をした。
「カレー粉使ってみる？　光りもの独特の生臭さが抜けるから」
「ソテーの前に塗すんですか？」
「そうよー。臭み消しと香り付けに大蒜使ってもいいわね。それからクレソンあたりで飾って——」

　こうした康子のアドバイスを反映して、今度はカレー味の鯖ソテーが完成した。
「わ、美味しいよこれ！　確かに生臭くないし」
　陽毬の表情がぱっと驚きと喜びに満ちたように、今度の品は作った刀自身も満足のいくものだった。
「大道寺はどうだ？」
　黙っている顔を覗き込んでみると、紅緒は両手で頬を覆いながらほにゃーっと幸せに崩れた表情をしている。
　トントンと腕を叩いた陽毬が、両手を拳にしてきゅっと胸の前で握り「やったね」と笑みを見せていた。