クリスマスのあしおと｜リアクション

クリスマスのあしおと

　イリヤたちと同じ中学のよしみでやってきた篠原翠響が提案したのは、クリスマスをモチーフにしたサラダだった。
「クリスマスって結構こってりした物食べるから、口直しにさっぱりしたものが食べたくなるんだよね」
　とは彼女の談で、御馳走に疲れたお客様向けにさっぱりした料理を考えてきたらしい。
　材料は調達しやすいようにベビーリーフにスモークサーモン、プチトマト、スライスチーズ、人参、コーンなどごく普通の食材でまとめている。
　手伝いはイリヤ頼んだ。
　ドーナツ型にしたベビーリーフの中央に、薔薇の形にしたスモークサーモンを飾る。
「これを半分に切ってほしいのよ」
　プチトマトを渡して、自分は人参をさっと湯通しする。これとチーズを星型を型抜きして先ほどの上に飾り、クリスマスリース風のサラダにするのだ。
「ドレッシングは洋風和風両方考えてるの」
　喋りながら手際よく作業をして横目でイリヤの様子を見ると、どうも動きがノロノロとして危なっかしく見える。
　もしかして実は不器用なのだろうか——。
　イリヤがふと別の何かに気を取られている隙に、翠響は彼が置いた包丁を手にとった。
「あたしのと代わらない？　イリヤは型抜きお願い」
　イリヤの方を向いたまま包丁を降ろそうとしていると、腕を上からぎゅっと掴まれる。
「危ないよ」
　指摘した一瞬で手は離れて、イリヤは大きな瞳で翠響の顔を覗き込んでいた。
「このキッチンの包丁は、よく切れるから気をつけなさいって伯母様に言われてます。
　ゆっくりやりましょう？」
「……う、うん」
　頷いてそれきり下を見たまま、翠響は顔を上げることが出来ない。ただきっちり縛ったポニーテールの髪の所為で、耳まで赤くなっているのだけは隠せず、離れた位置から見てしまった康子は、初々しい彼女の反応に密かに微笑んだのだった。

「康子さん、康子さん」
　何度目かで漸くハッと気づいた康子を呼んでいたのは、武道から話を聞いてやってきた宇佐見望月だ。キッチンスタジオで習ってきた事を試したいと言って、何種類かメニューを考えてきたらしい。
「完成したのは何処に置けばいいっすか？」
「あらごめんなさい」
　望月が作っていたのはポテトサラダだ。
「これは私が冷蔵庫に入れておくわ。二品目作ってて」
　康子は望月が完成させた皿を持ち上げ、調理台の上の残りの材料を見る。
「もう一つは何を作るの？」
「あとはスイーツ系メニューっすかね？
　シュトーレンとかブッシュ・ド・ノエルとか有名なのもありますが、俺様は雪だるまケーキを提案しまっす！」
「ふふ、頑張ってね」
　自分には無い若者らしい発想に優しく笑って、康子は望月のポテトサラダを運んで行った。
　一人になった望月は、早速作業に戻る。
　雪だるまの芯になるケーキに望月がチョイスしたのは、レアチーズケーキだった。
　周りを生クリームで覆って形にし、チョコチップで目玉、ドレンチェリー——さくらんぼを砂糖漬けにして着色したもの——で鼻をつけて形を作るつもりだ。
　作業中に完成系を何度かイメージした結果、もう一つ、と欲が出る。
「……んー、チョコを絞り出して作った手があっても良いかもしんない。店に有るかな」
　康子に聞いてみようと思って周囲を見回していると、望月の視界にエリセイとレナートの姿が入った。
　丁度二人が羽衣にマカロンの作り方のコツを教えていた時で、見ていた望月の眉間のシワがみるみる深くなっていく。
　実は今日望月がこのミルクホールに『潜入』したのは、エリセイとレナートを間近で観察する為だった。
　望月の家に程近い位置にある喫茶店の双子の女癖が悪かった場合を想定し、実際にどうなのか確認してやろうと乗り込んだのである。
　今の様子はただ後輩を手助けする先輩に見えるが、一方——絞り袋から生地を出す作業の関係上——距離が近すぎるように感じる。あれが狙っているのか、そうでないのかは判断しかねるところだ。
　そんな訳で、懸命に見極めようとしている望月の眉は、ぐぬぬとつり上がってしまうのだ。
（あの美形双子め……、姪っ子にちょっかい出すようなヤツだったら、速攻でシメたる！）　

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