終焉幻想曲　NO.222｜リアクション

終焉幻想曲　NO.222

　息せき切って駆けていた真央が立ち止まる。揺れる肩が落ち、背中が丸くなる。崩れ落ちて膝をつきそうになる真央の肩を、美咲紀が抱く。
　ふたりの視線の先には、倒れ伏す少年と男。
「先に、進みましょう」
　亮悟と紀伸の息が絶えていることを確かめ、美咲紀は片手に握り締め続けてきた花数輪のうちの半分をふたりの傍らに手向ける。瞳癒す白たたえて来た野の花は、腐った大地に触れるなり赤茶に爛れた。
「っ、がおー？！」
　俯けた翠の瞳に涙滲ませていた真央が弾かれたように顔を上げる。少し離れた獣道の先で、全身の毛を逆立てて威嚇の体勢を取る三毛猫の、その目前。
　白骨の身持つナニカが、笑い声をあげている。
「がおー、戻――」
　ろっこんで召喚した猫を元の世界へと還そうとして、間に合わなかった。何の前触れもなくひょいと無造作に伸ばしたナニカの手が、がおーの体の一部を抉り取った。
「がおー！」
　真央は見た。白骨で出来ていたはずのナニカの腕が少年の細い腕に変わりつつあるのを。がらんどうだったナニカの胴が痩せた男の腹になろうとするのを。尖った背骨が、がおーの柔らかな毛皮と肉を纏おうとするのを。
「大丈夫、治しま……」
　花掴み舞おうとする美咲紀の表情が固まる。振り返ろうと首を捻る美咲紀の足にしがみついて、様々な年代の、様々な肉体を継ぎ接ぎに持った、もう一体のナニカ。
「きゃ……？！」
「美咲紀ちゃん！」
　美咲紀の体が、その身にしがみついた真央の体ごと、地を這うナニカによって引き倒される。真央が振り回す斧を誰かから奪って己のものとした肉に受け止め、ナニカがけたたましく笑う。
「椿！」
　轟が伸ばす指先をすり抜け、美咲紀と真央の体は黒い霧漂う山の何処かへと引き摺られて消える。
「後木！」
　追おうとする轟の背に、修の背がぶつかる。周囲に視線を巡らせて、轟は泥濘の底から、腐り果てた樹木の梢から、何体ものナニカが湧いて出ているのを目にする。
　全身が白骨でできたもの、身のところどころが人や獣の部品でできたもの。
「……誘われたんだ」
　拳銃を構えながら、修が呻く。
「噂を流し、希望求めて決死の思いで此処に来た人々を餌食にするために」
　その白骨の身に纏う新鮮な肉を手に入れるために。
　少年ふたりを囲み、ナニカ達が笑う。嗤う。哂う。　
「神社までもう少しだっていうのに」
　耳障りなナニカの笑い声に顔をしかめ、轟は滑る地面を踏みしめる。眼前を塞ぎ足を折ろうとする絶望に抗い、全身に力をこめる。歯を食いしばる。
「……『向こう』が、あると思うか」
　この土壇場にあっても冷静さを失わず、持って来たカメラの電源を入れる修を肩越しに見遣り、轟は無理矢理にでも唇を笑ませる。木立の向こうに見える神社を見据える。
「あるとしても、絶望だな」
　白骨のナニカたちは、あの神社の奥から出てきているように見える。
「だが、その全てを希望へ塗り替えてやるさ！」
　『ザ・ストレイト』の姿で、轟は吼える。
「覚悟しろ、絶望。このちっぽけな希望のひと欠片はそう易々と消させはしねえぞ！」
　絶望のかたちした継ぎ接ぎの化物達へと突っ込む『ザ・ストレイト』を頼りに、修は神社へと手を伸ばす。息を詰める。身に宿るろっこんの力の全てを傾け、念じる。触れないまでも、この目に捉えてさえいれば――
　社が崩壊する。
　その内に開いた『別世界』への穴ごと、微塵に爆ぜ飛ぶ。
「これで奴等はもう増えない」
　低く、修は呟く。
「……『この穴からは』、な」
　呟きながら、考え続ける。攫われたふたりを助け出す方法を、この死地から逃れる方法を。