終焉幻想曲　NO.222｜リアクション

終焉幻想曲　NO.222

　赤紫に染まる宵の冷たい空気に吐き出した息は、思いがけず重たかった。
　礼拝用のベンチや毛布を敷いただけの床に横たわった怪我人の呻き声が、眠れぬ誰かの悲しい嗚咽が、高い天井に反響している。
　傷を負ったようにじくじくと痛む胸を両手で押さえ、十文字若菜は礼拝堂の一角に立つ。粉々に砕けて散らばる、色鮮やかな硝子を石床に見下ろせば、堪えきれない溜息がもうひとつ、零れた。
　栗色の瞳をもたげる。
　幼い日、両親に連れられて訪れた、この白亜の教会。教会の床に落ちるステンドグラスを通した鮮やかな陽光に、仰いで見たステンドグラスのあまりにも細やかな彩りに、幼心に一目惚れをした。
（見る影もないな……）
　見るも無惨に破壊されつくした幼い日の夢のかたちに、若菜の瞳が苦く歪む。いつか叶えようと当たり前のように抱いていた夢は、当たり前の世界が崩壊すると同時にあっけなく砕け散ってしまった。
　ステンドグラス職人になるという、夢。
（もう、それどころじゃないよね）
　今、何よりも優先すべきは、生き残ること。
（生き残らなきゃ）
　踏み出した靴の先、青く光る硝子の破片。
（生きていかなきゃ）
　空の色を写し取ったような、掌大の硝子片を拾い上げる。
　夢を胸の一番大事な場所に閉じ込めるように、青い硝子を上着のポケットにそっと仕舞う。決意をこめて、砕けた夢を、破れたステンドグラスを見上げる。
（どんなにつらくても、大事な人達を失っていったとしても、私は生きる）
　たとえ血泥の中を這いずり回ろうとも、草を食べようとも、未来へとこの命を、夢を、絶対に繋げよう。
（そしていつか、）
　幼い日に一目惚れしたこのステンドグラスを、
（もう一度――）
　息を吐き出して萎んだ胸に再び息を満たす。
（今はただ、前だけを）
　胸の奥底に閉じ込めた夢を光にして瞳に宿し、少女は破れた硝子の前に広がる闇を見つめて凛と立つ。

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