カセットコンロの青い炎の上には、鰹と昆布の出汁のたっぷり入った土鍋。ふつふつと上がる湯気がふうわり、白い天井に広がる。
いい匂いの湯気を追って伸ばした指先に触れて、冷たい雪。
「どうした、真央?」
丸くくりぬいたような入り口から、銀世界と青空を背に、亜麻色の髪した少年の顔が覗く。
「かまくら、なのだ……」
呟く親友の
後木 真央に、かまくらの出入り口に立つ
八神 修は小さく首を傾げる。
「さっき一緒に作っただろう?」
「そう、だっけ……?」
修と同じ角度で首を傾げかけて、真央は修が手に抱えた大皿に気付いた。鍋に入れるためのたくさんの野菜や肉や魚介が乗った、お待ちかねの鍋の具材。
「鍋! 鍋なのだ!」
歓声あげて、真央は気付く。
足元をぽかぽかに暖める炬燵に。
修の足元にじゃれつく修の愛猫たちや、炬燵から顔を出す三毛猫の相棒がおーに。
凍えるほど寒い積雪の外とは違い、かまくらの中はぽかぽかと暖かい。大好きなお猫さまたちがご機嫌で周りにごろごろしている。正に我が世の春とばかり、真央は顔中で笑う。
修が当然のように炬燵の向かいに座り、手慣れた仕草で鍋の用意をし始める。出汁の匂いに混じって、野菜が、鱈や鶏肉が、ことことと煮え始める。
ことこと、ことこと――
ことことことこと、地面が揺れている。
「うーん、もう食べられないのだー……」
「真央」
「あー、お腹も心も幸せなのだっ」
夢見心地に瞼を開きつつ、幸せいっぱい元気いっぱい起き上がった真央が一番に目にしたのは稲妻奔る暗雲の空。
雷雲すら血の紅色に染める、空に満ちた禍々しい光。
血色の光を浴び、狂乱しつつ空を舞う、数多の翼持つ竜。
住み慣れた町が、世界が、見たこともないナニカたちによって滅ぼされようとしている。
「真央」
腕を引かれ、頭を抱え込まれる。切羽詰った少年の声を耳の後ろに聞いて、真央は瞬く。
「修ちゃん」
そうしながら見たのは、崩れかけた石段と、石段のそこここに散る夥しい量の誰かの血。
「……ッ?!」
悲鳴を飲み込むよりも先、視界が眩い白に染まる。空気も地面も震わせて雷鳴が轟く。打ち寄せる衝撃波に髪や頬を殴られながら、真央は視界の先にあったはずのビルが雷に打ち砕かれ、紅い炎と黒い煙を上げて崩れ去るのを見た。
ことことと、地面が震える。
逃げ惑う町の人々を見てか、空に舞う化物たちが狂気じみた哂い声を上げる。
「……ああ」
真央は息を吐く。胃をぎゅっと締め付けるほどの空腹と共に思い出す。
ある日、世界が滅んだこと。
空に翼ある魔物が溢れたこと、地の底から人喰う獣や蟲が這い出したこと。毒持つ噴煙があちこちから上がった。川や海が毒に冒された。抗う術持たぬ人々が次々に倒れた。
フツウの日々が、呆気なく壊れて消えた。
これが現実。今居るここが、唯一の己の世界。
目前に広がる滅びも間近な世界から目を逸らそうとして、真央は唇を噛み締める。翡翠の瞳に力を籠める。
傍らで、修が淡く微笑んだ。
「目が覚めたか」
「……うん」
「まだ何かできることが有る筈なんだ」
「うん」
燃え上がる炎の色に頬を染め上がらせて囁く修に、真央は力強く頷く。
この今が、――否、この今さえも、自分たちにとってはフツウの日々のその続き。
こんにちは。
今回は、フツウの日常が崩れ去ったもしもな世界をお届けにあがりました。世界観としましては、少し前のシナリオで出させて頂きました『終焉狂想曲 NO.222』と同じです。
あっ、でも、夢オチでした前回シナリオとは別物扱いです。なので、前回死んじゃいましたPCさんのご参加ももちろんオッケーです。全然大丈夫です。
ガイドには後木 真央さんと八神 修さんにご登場頂きました。
ありがとうございました。
もしもご参加頂けます場合、ガイドはサンプルみたいなものですので、ガイド関係なく御自由にアクションをお書き下さい。
さて。終焉世界です。
前回はミナゴロシな世界でしたが、今回は終焉世界に於いてのみなさまが生き抜く様をよければお教えください。
生きて生きて生き抜いて、でもその果てで何かのために、誰かのために命尽きるのもひとつの生き様だとは思うのですが。
いくつか、舞台を挙げておきます。
1.寝子島大橋
本土へ渡るための唯一の場所。
本土が無事とはとても思えない状況にあるとは言え、それでも希望を求め、生き残った人々が決死の思いで橋を渡ろうとしては、橋の真中に立つ化物じみた大猿と大犬に喰い散らかされたりしています。
2.星ヶ丘教会
生き残った人々が立てこもっています。時折化物たちが襲い掛かってくるものの、もれいびたちが必死に護りを固めている様子。
食事や怪我の治療も最低限は可能なようです。
騒乱の最中にあって、息つく暇も少しはありそうです。
3.落神神社
毒海や毒霧、頻繁に落ちる雷に化物の群。死地です。
その死地を潜り抜けた先にある神社のお社には、『別の世界』への入り口がある、そんな噂が生き残った人々の間に囁かれています。
ちなみに行って帰ってきた人は居ません。
待つのは希望か絶望か。
4.その他
舞台の選択はできればひとつ、多くてもふたつまでがいいと思います。それ以上になってしまいますと、場面場面の描写が少なく薄いものになりがちです。
アクションによっては重傷、死亡もあります。ですがまあ、もしもの世界なので現実世界には何の影響もありません。
そういう夢を見た、と後で思うかもしれませんが、リアクションでの描写は今回はありません。
終焉の世界で、みなさまは何を思い、何を守りますか。
どう、生きますか。
ご参加、お待ちしております。