【旅の途中　～終着点へ】

　事が収まったのは、それから十数分後。Mr.ブルックスが予測する、惑星の終末へのタイムリミットからさかのぼって、およそ15分ほど前のことでした。
「任務の更新を確認シタ、止マレクソ野郎ドモ！　一歩モ動くナ、マニピュレータを１ミリたりトモ動かすナ！　我々ノ新たな任務ハ、待機でアル！　待機セヨ！　(*^∇^*)」
「「「きょ、強制退……いえっサー！　(*^∇^*)」」」
　ピタリ、と動きを止めたロボットたち。もはや微動だにしなくなった彼らを押しとどめたのは、
「待たせてすまん。だが、どうやら間に合ったな」
　ねじれた重力井戸に乗り、余裕しゃくしゃく。最上層へ姿を表した、八神 修のお手柄でありました。
　鴇波 羽衣、日暮 ねむるが彼を出迎えて、
「お疲れさまー、修くん♪」
「うん、さすがだね。やっぱり軍師サマは頼りになるよ」
「ふたりの連携があってこそさ。みんなが無事で良かったよ」
　ぱち、ぱちり！　ハイタッチで、お互いの健闘を称え合いました。



　やがてたどりついたのは、国立書庫の最上層。発着フロアは本来、空からやってくる来場者を出迎えるためのものでありながら、常に緊急の事態へ備えて、脱出艇もまた用意されていたそうです。
　奇跡的に形を留めたままのガレージの真ん中に、ぽっかりと佇む卵型の宇宙船が、旅人たちを待っていました。
「サテサテ。出発の前ニ、皆サマ、コレをお持ちクダサイ。オ土産でございマス　＼(^◇^ *)」
　ふと、Mr.ブルックスが後木 真央に手渡したのは、茜色の円盤。ローシルティウム・ディスクです。
「……これって……？」
「いいのか？　これを持ち出されないようにするのも、案内役の役目なんじゃないのか」
　鴻上 彰尋が尋ねると、ぴこん。まん丸いモニタに映し出される、笑顔。
「私ハ……考えたノデス、お客様。人類ガこの星の全テ、歴史や知識、肉体マデモ捨て去リ、外宇宙へ旅立っテ、早くも2万年が経過しまシタ。ソシテ今まさニ消えゆくコノ世界へ、私の前へト、こうシテお客様方が訪れたコト……そこにハきっト、意味ガあるのデハないでショウカ？」
　フィリップ・ヨソナラへは、あの歌が収められたＲＤを。
「いい、ですか？　もらっても……」
　綾辻 綾花と恵御納 夏朝には、この世界の猫たちの映像が収められたディスクを。
「私たちにも、いただけるんですか？」
「でも、端末が無いと、再生できないよ……？」
　その他にも、みんながそれぞれに見つけた情報の収まったディスクを、Mr.ブルックスは、ひとりひとりに手渡してくれました。
「エエ、ハイ。分かってオリマス。私ノこの行為ハ、そこニ何ノ意味も伴わナイかもしれまセン。シカシなぜだカ、今ハ、コウしたいキブンなのデス。不思議なコトニ……」
　彼は、ロボットです。たとえば感傷の気持ちなんて、持っているはずの無いものかもしれません。
　けれど。
「コノ世界ノ、記憶だけデモ。皆サマの旅へト……連れて行ッテはいただけマセンカ？」
「……！」
　真央ははっとして、Mr.ブルックスのまん丸いボディを見つめます……彼のその言葉は、先ほどに、真央自身が口にしたものでもあったのです。
　真央が手渡されたディスク。そこには、ローシルティウムについて、人類の残した研究の成果、その全てが詰まっているのだそうです。
「……連れてくのだ。ちゃんと、連れてくのだ……！」
　その行いそのものに、意味は無いのかもしれません……けれど彼が望み、託したもの、想いを繋ぐことには、必ず意味があるはず。そう、信じて。
　真央は大切に、大切に。茜色のディスクを、胸へと抱き込みました。



　ぷしゅん、と空気音。卵型の船体に開いた入り口へ、アルクがててて、と駆け寄り、一足先に飛び乗ります。
　がらん、ごろんと鳴き叫ぶような稲妻が空を這い回り、足場は見る間に小さくなっていき……否応なく最後の瞬間が近づいていることを自覚しながらも、修は最後に、もう一度。
「本当に……一緒に来ては、くれないか？　Mr.ブルックス……」
「ひとりは、寂しいだろう……？（『一緒に行こうよ～！　うわーんっ』）」
　毒島 林檎もまた、彼を誘います。このまま置いていくのは、誰しも、あまりにも辛かったのです。彼らだけではなく、みんなが同じように、同行を勧めました……随分と、説得したのです。
　けれど、その決意は固く、揺るがず。
「ありがトウございマス。シカシ……」
　ぴこん、と映し出されるのは、やっぱり……どこまでいっても、笑顔なのでした。
「長イ……そう、あまりにモ永い時を過ごすウチ。私のローシルティウム・コアにモ、アル種の変化が生ジタのかもしれまセン……今ヤこの惑星ヲ預けられた唯一の存在とシテ、私は、故郷と最後の瞬間をトモにシタイ。ソシテ私は、コノ非合理的な思考ヲ、ナゼだか心地良いものト感じてイルのデス……まるで、人間のように」
　笑う彼に急かされて、旅人たちは、宇宙船へと乗り込みます。ふわふわと柔らかい感触の内装は、壁から突き出たちょうど腰かけられる高さの椅子らしき段差と、いくつかの丸い窓を除けば、何もなく真っ白で、操縦席も無く、それに全員が乗り込んで余るくらいの広さがありました。
　そして。
「さようなら、最後のお客様。皆さまの旅路が、どこまでも明るい道行きでありますよう……　(｡^▽^)ﾉｼ」
　きしきし、軋む音を立てて振られた手。微笑みを最後に、やがて……旅人たちを乗せた航宙船は、ふわり、重力も感じさせないままに浮かび上がり、瞬く間に、空へ。
　星々の輝く宇宙へと飛び出した直後に……眼下の惑星から放たれた強烈な光が、窓の外の光景を余さず埋め尽くし。途方もないエネルギーの放出とそれに伴う激烈な衝撃が、がくがくと激しく船体を揺らし……。
　白黒猫が、にゃあごと鳴いて。ぱちぱち。ぱちり。弾けた、茜色の光。















　どこか、懐かしいような。寂寥の中にまどろむ、思い出のような。
　こんな光景は、見たことも無いはずなのに。
　眼下に、なだらかにどこまでも広がる、雲の平原。空は茜色。きゅうっと胸が痛くなるほどに美しい、茜色。
「……ここが、次の世界なのか？」
　志波 武道の確かめた足元、彼らの降り立った床は、良く磨かれた黒曜石のように滑らかな黒い石造りで、それでいてガラスのように透き通っていて、内部にはきらきらと、直線を描きつつ縦横に走る、淡い燐光。
　どこからか、うおん、うおんと響く、低く遠い音。
　泣くようにびょうと通り過ぎていく、冷たい風。
「また、スゲーとこに来たもんだな……」
　楢木 春彦は、呆けたようにぽつりとつぶやいて。
「……島？　大きな、黒い島が……空に、浮いてる？」
　呉井 陽太の言葉は、旅人たちの胸にもまた、同じ感想を抱かせたことでしょう。
　島。それは確かに、島でした。黒く艶やかで透き通った、見たことも無い石でできた島……宙に浮かぶ、巨大な、黒い人工島。
「おや。こんなところに、若い人たちがこんなに。珍しいね」
　くつろいだような人影に気付いたのは、ひとしきりの驚きが、ようやく収まりかけた頃でした。
　怪訝そうに首を傾げた男の服装は、ぞろりとして袖や裾が長く、あえて言い表すなら、中世ヨーロッパの貴族が身に着けたような、きらびやかで豪奢な……それでいて、旅人たちが見たことも無いような意匠の、不思議な格好。
「……うん？　ありゃ、その猫ちゃんは……？」
　男が、ふと。目を留めました。不思議な毛並みを持つ、のんびり屋の猫へと。
「この白黒は、一度見たら忘れようも無い。しかし……ううむ？　確かにこれは、あの方がたいそう可愛がられていた……はて。名前は何と言ったかな」
　折れんばかりに首をひねり、ひとしきり考え込んでから。
「…………ああ！　そうそう。『アルク』、と言ったかな？」
　にゃあ！　白黒猫は、嬉しそうに鳴きました。

＜『さまよいアルク』　つづく＞