温泉で、パジャマパーティー｜リアクション

温泉で、パジャマパーティー

　【２】
　そのころ。
　部屋に残った海と千歳は。
　しばらく、固い表情で向かい合っていた。
　ちなみに、海は薄い水色に桜の柄のネグリジェを、千歳はピンクの地に青い星柄をちりばめたものを着ている。
　海の首筋には、絆創膏が貼られていた。
　やがて、海の方が先にスケッチブックに何事かを書いて、千歳に向けた。
『千歳ちゃんに、聞きたいことがあるの。私、彼からもう関わるなって言われたんだけど、千歳ちゃんは何か言われなかった？』
　あえて、名前は書かなかった。名前を出さなくとも、千歳にはわかるはずだと思っていたからだ。
　千歳のクラスメイトで、彼女たち二人の想い人でもある、その男子のことは。
「……話したいことって、やっぱり彼のことだったのね」
　スケッチブックの文字に、千歳は呟くように言って、うなずく。
「ええ、私も言われたわ。もう一緒にいるのをやめようって」
『そっか。千歳ちゃんも言われたんだ。……なんて答えたの？』
「そんなの、承知できるわけないじゃない。勝手なこと言わないでって、怒ったわ」
　千歳は言って、小さく唇を噛みしめた。あの時のことを思い出すと、今でも怒りが腹の底からふつふつと湧き上がって来る気がする。
「ほんと、彼って信じられないぐらい身勝手よね。こっちの都合とか気持ちとか、おかまいなしなんだから。今更、関わるなとか、他にもいい奴はいるとか意味不明だし、人を馬鹿にするにもほどがあるわよ。すぐに無茶して危ないことに首を突っ込むし、風紀委員の私の立場も、少しは考えてくれても罰は当たらないと思うわ」
　一気にそうまくしたてる。
　その言葉に、海の目が大きく見張られた。
『本当に、同じこと言われたんだね、私たち』
　小さな吐息と共に、スケッチブックにそんな文章が綴られる。
『彼、こっちの気持ちも考えないであんなこと言うから……。私も、頭の中ぐちゃぐちゃになって、強く言っちゃったんだよね』
「それは、しかたがないと思うわ。私、今思い出しただけでも、腹が立ってしかたがないんだもの」
　言って千歳は溜息をついた。
「いいところも、もちろんあるんだけど。優しいところはあるし、剣道に打ち込んでいる姿は格好いいと思うわ」
　心の中で、「私のお弁当を美味しいって言ってくれるのも、いいところよね」とそっと付け加える。そして、もう一度溜息をついた。
「ただ、あの情熱の一部でも勉学に回してくれたらねぇ……」
　しみじみとした彼女の口調に、苦笑しつつも海はスケッチブックに綴る。
『そうなんだよね。優しいし、かっこいいし、いいところもたくさんある。そんな彼だから、見捨てられないし……好きになったんだよね』
　そう綴りながら、海は思っていた。
（私は彼を、正しく止められなかった。なのに、それでいいと思ってしまった）
　対して千歳は彼を正しく止めることができた。それに、彼と並び立てるだけの力もある――と。
（彼に甘えてばかりの私と、肩を並べることのできる彼女。……ふさわしいのは彼女。だけど私は、あきらめたくなくて、彼に甘えてる）
　文字を書く手が、つと止まった。
　唇を、きつく噛みしめる。
（私って、最低だ――）
　胸に呟いた途端。
「小山内さん？　どうかした？」
　気遣うような千歳の声に、海は我に返った。慌ててかぶりをふると、『大丈夫。なんでもない』とスケッチブックに綴る。
「そう？　本当に大丈夫？」
　再度尋ねる千歳に海がうなずくと、千歳は安心したように笑った。だがすぐに、表情を引き締める。
「とにかく。私は彼から離れてなんてやらないわ。……彼が私のこと、嫌いになったのならともかく、そうでないならこれまでどおりにやって行くつもりよ」
　言って、「小山内さんは？」と問うように海をふり返った。
『私も、彼から離れるつもりは、ない』
　幾分ためらいがちに、それでも海は、そう綴る。
　自分は最低だと、ふさわしいのは彼女だとそう自覚しながらも、それでも彼に背を向けられないのは、千歳の言葉どおり、相手に嫌われているわけではないと理解しているからだ。
　たとえそれがどんな形であれ、『嫌悪されてはいない』ことに海はすがりつきたかった。
「……ということは、私たちって、ライバルなのかしら」
　それを読んで、千歳は首をかしげる。
『どうかしら』
　同じく首をかしげる海に、千歳は笑った。
「まあ、いいわ。今日は、話せてよかったわ」
『ええ、私も』
　海がうなずく。
　そこへ、にぎやかな声と共に、外に出ていた圭花と智瑜、美弥子の三人が戻って来た。
「おかえり」
　三人を明るく迎える千歳を見やって、海はそっとスケッチブックを閉じた。

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