財布が落ちている！？｜リアクション

財布が落ちている！？

　旧市街の通りに魚屋『魚新』はある。新鮮な魚介類と手作りの竹輪が売りで幅広い世代から支持されていた。
「今日も新鮮な魚がお買い得だよ。手作りの寝子島ちくわも美味しいよ」
　新井すばるが威勢の良い声を掛けた。売り文句に惹かれた人々が集まって様々な注文が飛び交う。全ての客に笑顔を向けて対応した。
「ありがとうございました」
　すばるは最後の客を送り出した。自身の肩を軽く揉んだ。
「ん、この財布は」
　魚のケースの角に赤い財布が乗っていた。
「現金は一万三千三百円なのかな」
　おどけた調子で財布を開いて確かめる。すばるの表情が素になった。
「……本当に入っているよ」
　一枚の千円札を抜き出して細部に注目した。
「透かしもあるね。本物にしか見えないんだけど、これがただの紙になるのかなー」
　すばるは知り合いが拾ったという財布を持ち出した。左右の掌に乗せて見比べる。違いが全く分からない。
　千円札の大きさの紙を手にした。
「これが自販機で試して紙になったものだね」
　財布の千円札と紙を合わせた。僅かなずれもなく、ぴったりと重なり合う。両方を指の腹で擦ってみた。
「手触りは全く違うねー。どんな仕掛けなのかな。ボクの手品の一つに加えたいくらいだよ」
　二つの財布を弄っている間に折り畳まれた二つの紙の存在に気付いた。取り出して広げると同じ内容が書かれていた。
「手書きの暗号だね」
　二枚の紙を重ねて光に翳す。
「コピーじゃないのに平仮名の歪みまで同じだよ」
　度々の一致にすばるは呆れたような声を出した。暗号の内容は頭の中ですんなりと解かれた。
「みやこは京都や東京じゃなくて三夜湖だよね。その近くの展望台だから山頂展望台だね」
　他の手掛かりを探している間に動物の毛のような物を見つけた。財布の表面に薄っすらと付着していた。指で触り、鼻に近づけて匂いを嗅いだ。生物の知識を活かして自分なりの答えを口にする。
「シルバーフォックスかな？　そう考えると不思議な財布のことも納得だね」
　すばるは前掛けを外した。店の時計に目をやる。
「今から急げば夜になる前に着けるかな」
　高校の制服にジャンバーを引っ掛け、店の竹輪を土産に選んだ。推理が外れた場合に備えて灯火採集セットを収めたリュックを背負う。
「近くでお稲荷さんも買って行こう」
　心が浮き立つ様子ですばるは店を飛び出していった。