財布が落ちている！？｜リアクション

財布が落ちている！？

　朝靄に煙る寝子島神社。ゆらりと現れた御剣刀は木刀を正眼に構え、鋭い踏み込みで一刀を振るう。大気に一閃が残った。
「もっとだ」
　凄まじい打ち込みを繰り返す。数瞬、白い靄の中に星が刻まれた。
　刀は姿勢を正し、静かに息を吐いた。胸を借りた自然に一礼して社殿へと向かう。
　賽銭箱の横に置いたタオルを手に取り、無造作に顔を拭った。
「さっぱりした。もう少しやるか」
　タオルを戻そうとした手が不自然に止まる。程近いところに財布が落ちていた。刀は訝しげな表情で拾い上げた。
「靄のせいで気付かなかったのか？」
　赤い二つ折りの財布を手の中で回した。目立った特徴は見られない。刀は躊躇いつつも中を調べた。
「紙幣はあるがカードはないな。身元が分かるものは――」
　折り畳まれた紙を見つけた。指で取り出し、一気に開く。
『ま←　や　か↓　な↓　た←　か　か↑　な↓　た→　わ↑　ぼ　あ↑　だ　あ←』
　平仮名と矢印の暗号めいた物をじっと見る。眼が険しくなった。
「見たことがあるような、なんだろう」
　刀は頭を掻いた。取り敢えず、スマートフォンで文章を撮って残りの練習に励んだ。

　登校の途中、刀は交番に立ち寄って財布を届けた。その表情は冴えない。
　信号待ちの間、スマートフォンに表示された暗号に頭を悩ませる。
「あー、なんだよ、これは！」
　荒げた声で周囲がざわつく。刀は口を閉じてネットで情報を得ようとした。
「……そうか、スマホで分かるのか」
　信号が青に変わった。刀は勢いよく飛び出し、九夜山の方向に晴れ晴れとした表情を向けた。
　夕方の鍛錬は暗号の場所にしよう、と胸の裡で語る。
「夜食も用意しないとな」
　痩せの大食いの彼らしい発想であった。

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