●久保田先生といっしょ（おままごと編１）●


【南校舎１Ｆ・廊下〜階段】

「にゃにィー！！　どーぉぉなってんだァァ！？」
　１年４組の如月 庚は、子供になった自分の姿に愕然とした。精神状態はまだ高校生だが、服装はタンクトップにハーフパンツ、髪はちょっと短め。オデコの傷跡も消えている。
（なんか呂律も回らねぇ……これぁアレか……この容姿のせいか）
　ともかくミス研の部室へ行こう……と教室を出た如月は、そこで八重崎 五郎八とばったり出くわした。如月の１歳年上の従姉なのだが、今の彼女も、もはやどう見ても４歳児の姿。
「やべぇ、とりあえず逃げ……あ、転んだ……あーもう……」
　盛大にこけた従姉を仕方なくあやそうとして、あっさりとっ捕まる如月。
　さきほどのテオの声は彼女にも聞こえたのだろう、
「ん、よく分かんなかったけどこーくん１人じゃ危ないから、おねえちゃんがついてってあげるね」
　目尻に涙をこらえて痛いくせに、やたらとお姉さんぶって仕切ろうとする五郎八に、
（やべぇ……ガキだろうがなんだろうが姉ちゃんは姉ちゃんのままだった）
　と観念するチビ如月。ミス研との合流はあきらめて、このまま従姉といっしょに暴走もれいびを探すため、アテもなく捜索に出発するのだった。
「こーくんはどろぶねに乗った気でどーんと任せるといいよっ（えっへん）」
「ってねーちゃんやっぱ仕切りゅのな……」
（んじゃとりあえず、ウチのみっちゃん先生でも探すとすっか……）
　とはいえ、どこを探せばいいのか、本当にアテがない。
　担任の久保田先生を探して、校内をウロウロしているうちに２人は階段に差し掛かった。
「ハイヨーシルバーヘアー！」
　見ればそこで２年生の丑都渡 紗姫が、同じクラスの行梨 謡と、おうまさんごっこをしている。
「ゴッコじゃないっしょ、あたちもセンコーさがしてんですけどー」
　いつものギャルが、向日葵柄の着物姿の可愛らしい４歳児に。朱塗りの厚底草履で、すでに息も絶え絶えの行梨の横っ腹をハイヨーと蹴りつけ、
「だってあたちいつもよりちっちゃいんだよ？
　校舎チョー広いからつかれんじゃん。だから、おうま」
　おもいっきり尻に敷かれているその行梨はといえば、こちらもうさみみパーカーを着た４歳児の姿。
「ぬぐぐ……ってこの先階段だろ。鬼か。おに！　あくま！
　俺が何でもしたがうと思ったらおおまちがいだぞこのわがままなじょおうさ……」
「ん？　このパーカーのウサミミ手綱にちょーどいーじゃん（ぐいぐい）
　ほらぶつくさ言ってないで、これ引きちぎられたくなかったら……」
「うわーんうさぎしゃんはらめぇひひーんぱっかぱっか」
「こーくん、ほら行くよ。へんなもの見てちゃいけません！
　しっかりおねえちゃんについてこなきゃだめじゃないっ」
　チビ如月は五郎八にぐいぐいと引っ張られ、チビ行梨は紗姫の尻に敷かれながら──すれ違うその間際、互いの境遇にああはなるまい……と憐憫と同情の目を向けるのだった。


【南校舎３Ｆ・階段】

「って何バテてんの……なっさけなーだっさぁい」
「うさぎさんパワーでもさしゅがにもうむり……つかりぇた……
　……ねむ……だっこ……（ぐずぐず）」
「だっこってあんたチョーありえないんだけど、嫌よそんなん。
　しゃーないな、引きずって運ぼ」
　丑都渡 紗姫が、過労でダウンした行梨 謡をずりずり引きずっていくその横では、
「きゃわわわわっっ！？」
　小さな歩幅で階段を踏み外した朝海 瑠歌が、すんでのところで、後輩の吉野 夕弥に助けられていたり。
「びっくりしたー……って、朝海先輩じゃないですか！」
　吉野もまたウサミミ付きパーカーに、幼稚園指定の半ズボンないでたち。うさぎさんポシェットをゴソゴソして、オカンセット（ミニ）を取り出し、
「怪我とかしてませんか、消毒液と絆創膏なら持ってますよ！」
「だ、だいじょうぶですぅ……はわわ」
　瑠歌は、ひらひらした白いワンピース姿のお嬢様だ。いかにも危なっかしい。
「いったいそんなに急いで、どこに行くつもりだったんですか」
　吉野が訊ねると、瑠歌はさっとその手を伸ばして、窓の外を示した。下には中庭が見える。
「おままごとにいくんですぅ！　わーいっ！」
「お、おままごとって……？」
　吉野が中庭を見下ろせば、そこで１０人以上の子供たちが、何やらチョコマカと楽しそうに集まり始めているのだった。
　朝海瑠歌は、自分もそこに混ざりたくなったらしい。お嬢様の彼女が、本当に幼稚園児だったときには、するなと言われたおままごとが、やっと出来るまたとないチャンスなのだ。


【中庭・合コン会場】

　しぶる吉野 夕弥を、涙目攻撃でウンと言わせ、
「えぅ〜……るかおねーちゃん、まってよ〜……」
　途中で見つけた千鳥 雅人も有無を言わせず引っ張って、３人で中庭に駆けつけた朝海 瑠歌は、ぱーっとそこで眼を輝かせた。
　幼児たちがワーーと集まるその輪の中心では、
「ごーこんするもの、よっといでー！」
『てんまぐみ・ひびき』のワッペンも誇らしげに天馬 ひびきが手を上げ、
「イケメンこの指とーまれっ！　おままごとを制すものは世界を制す！」
　最上 るるかが太いみつあみをピョコンと跳ね上げ、何やら高々と天を指さしている。
「……子供なのに、合コン？　今の子って色々知ってるんだな……
　って、久保田先生じゃないですか！」
　その子供たちに囲まれた、そばかすポニテの４歳児を、エッと二度見する吉野夕弥。
「そいじゃーみっちゃんが、かんじ（幹事）をやるねーっ」
　みっちゃん先生も、今日は合コンメンバーがいっぱい集まりウキウキだ。
　ちょっぴり甘えん坊で恥ずかしがり屋の３歳児、千鳥雅人は朝海先輩の後ろにコソコソ隠れながら、
「ごーこんって、なにかなぁ……？」
　それでも楽しげな皆に興味津々なのか、アホ毛を「？」にして吉野のソデを引っ張る。
「え？　合コンって何、って……」
　千鳥や瑠歌は心も幼児退行してしまっているが、この吉野は幸いまだ、子供の身体にオカンの心を持つ高校生だ。
（一応子供にそんな単語の意味教えるのもよくないよね）
　とオカンながらに気を遣って、
「えっと、お友達を作るためにパーティするみたいな感じかな！」
「ん〜……テレビでみたことあるかも……？」
「それなら分かりますぅ、あとはわかい２人にまかせてオホホ……ってあれですねぇ！」
　合コンおままごとが初めての千鳥や瑠歌も、なんとなく内容が呑み込めたようである。
　さて、メンバーも集まった。
　幹事のみっちゃん先生が、元気よく立ち上がって、おままごとのマナーを高らかに宣言する。
「いち、でんわれんらくきんしー！
　にー、めるあどこうかんはみんなで！
　さん、おもちかえりおっけーー！」
　さあ、楽しい合コンタイムの始まりです。


▼女の子側メンバー
　朝海 瑠歌
　天馬 ひびき
　最上 るるか
　御薗井 Ｅ セレッソ
　綾辻 綾花
　畑中 華菜子
　西野町 かなえ
　上穗木 千鶴
　久保田 美和

▼男の子側メンバー
　千鳥 雅人
　吉野 夕弥
　金堂 睦月
　野沢 コブラ
　雨崎 荒太郎
　加瀬 礼二


「ひびきはみわちゃんのとなりねっ」
　と久保田先生に抱きつき、さっそく積極的にアピールを開始したのは、天馬 ひびきだ。
「そいじゃーまずは、じこしょうかいたいむ、いってみよー！」
　ノリノリの先生に続いて、ピョコンと芝生に立ち上がり、
「てんまぐみ・ひびき３才、こいしるおんなにょこです！
　ひびきとみわちゃんの彼氏になってくれる人はいませんかー」
　男の子チームを「きゃっ☆」と見回すひびきの視線に、あわてて朝海先輩の背中にかくれる千鳥 雅人だったが、ぴこぴこ揺れる彼女のアホ毛には、どうやら興味津々のよう……？
「るるかだって負けないんだから　こー見えてカテイテキなの！」
　イケメンひとりじめの野望に燃える最上 るるかは、ファンシーなピンク色のワンピに赤い靴で、男性陣に可愛らしさをめっちゃアピール。今日の合コンに賭ける、並々ならぬやる気がうかがえる。
「ぼくもおままごとであそぶのー。
　だれがぼくのパパになってくれるのかなぁ？」
　となんだか不穏なことを言っている上穗木 千鶴は、七五三のような和服姿。
　元々お子ちゃまな顔立ちなので、幼くなってもいつもと印象は変わらない……ことはないか。Ｈカップの巨乳は当然なくなっているので。
　その一方で、
「わっちもなかまにいれてほしいのじゃー
　おままごとにちゅかうどうぎゅもねんどでちゅくったのじゃー」
　と意外に器用なところも見せる金堂 睦月には、
「写真とお顔が違いますぅ……」
　と朝海 瑠歌がどびっくり。高校生時には、「その筋のヒト」としか見てもらえないほど強面な金堂だったが、逆にこちらは年相応の子供らしい、初々しい顔立ちになっている。千鶴とは真逆。
「ボクもいっしょにあそんでいい？」
　とこちらも屈託のない笑顔で混ざってきた３歳児は、加瀬 礼二だ。
　元の歳でも笑顔がデフォルトの加瀬だけれど、こちらの子供の頃の彼は、妖しさが微塵も感じられない、天使のような笑顔だ。仕立ての良いシャツに青いミニタイに黒い半ズボン、黒いハイソックスに編み上げのショートブーツと、資産家の一人息子らしい格好。
「ところでおままごとってなにするの？」
　と瑠歌に同じく、加瀬もおままごと自体が初体験のようだ。
「ごうこんー？　おもちかえりー？？
　みんなでなかよくちゅればええのんやよねー？」
　そう言って、ぎゅー！ぎゅぎゅー！と男女関係なく周囲のメンバーに抱きついてく園児は、３歳の西野町 かなえである。
　その青いスモックの抱きつき魔にぎゅーってされて、
「ばーぶー！」
　と野沢 コブラもうれしそう。ばーぶー、とか言ってるが、赤ちゃんではない。３歳児なのだが、どうやらこれしか喋れないようである。
「のみもの……どぞ」
　アイスミルクなどをあげて、かいがいしくその野沢の面倒を見てやっているのは雨崎 荒太郎。
　３歳の彼は、意外にもおとなしい子だった。この頃はちょうど年子の妹が生まれていたため、おうちでは母親の手伝いもする、物静かで良い子だったみたい。
「……あれ？　わたし、なにしてたのかな。
　あ、おままごとしてるー。わたしもいれてー」
　また、赤いチャイナ服にお団子頭の畑中 華菜子も、本来の目的を忘れて仲間入り。中庭にいるこの子供たちを保護しようと、ここまで来ておきながら、急速に幼児退行が進んでしまったらしい。
「華菜子チャンみつけたノーえへへワタシもごうこんおままごとするのヨ！
　でもごうこんってなにをするのカシラ？」
　その華菜子と同じ４組の御薗井 Ｅ セレッソは、担任のみわチャンせんせーを探してここまでやって来たのだが、こちらもキョロキョロしながらやはり合コンの仲間入り。セレッソは他の子たちにくらべてちょっぴり背が高く、どうやら早熟で早くに成長が止まった模様。
「みーたんちぇんちぇに、はやくお話聞きたいんでちけど……」
　また、同じく４組の綾辻 綾花も、久保田先生に会いに来たのに、よく分からないまま巻き込まれてしまい、合コンのメンバーになっている。


　ただしこの綾花は、完全に遊ぶ気満々のこの面子の中では、まだ比較的、高校生の理性を保っている１人だ。綾花はねこったーもチェックして状況を把握した上で、この子供化現象を引き起こしている犯人は、美和ちゃん先生か泉先生か校長先生が怪しい……と考えて、ここまでやって来たのである。
（きっと、会議中に退屈して小さい頃に戻って遊びたいなと思った人が、
　何かのきっかけでろっこんが発動してこんな事態になってしまったのでは……）
　もし、久保田先生が暴走もれいびなら、こうやっていっしょにおままごとで遊んであげれば、ろっこんが解除されるかもしれない……。
　そんな綾花の思惑をよそに、愉快な合コンおままごとはさらに続きます。