悠久の時の彼方へ～牢獄の聖女｜リアクション

悠久の時の彼方へ～牢獄の聖女

Quatre.

　灯斗南は、無人の東屋で膝を抱えながら考え込んでいた。
　ジャンヌ救出に向かった仲間たち。彼らは迷いなく自分の道を決めた。それに引き替え自分は―――。しかし、重たい問いが斗南を追い詰める。
「歴史を変えるなんて、僕がしてもいいことなんだろうか？」
　何度も繰り返される堂々巡り。だが、一つの言葉が状況を打破した。特撮ヒーローもの『マスカレイダー』の中のセリフが、斗南の頭に浮かんだのだ。
「救えるか救えないかはどうだっていい、俺はみんなを救いたいんだ！」

　そうだ―――こういう時こそ、自分の気持ちの言う通りに動くんだ。発奮した斗南は東屋を飛び出した。目指すは、ルーアン市街。牢獄のちょうど反対側だった。

　牢獄に入った海斗と蛇那伊は、慎重に階段を下り、ジャンヌのいる地下牢に近づいていった。鉄格子の前の2人の番兵の死角に入り、ぎりぎりまで近づくと、海斗と蛇那伊はハンドサインを交わした。作戦決行だ。
　海斗が、物陰から小石を投げた。物音に気づき、同時にあらぬ方向に向く兵士。一瞬の隙を突いて、蛇那伊が飛び出す。さっきと同様、片方の兵士の首を押さえ、気を失わせる。
　しかし、最重要の囚人を警護する番兵はさすがに精鋭である。もう片方の番兵は素早く反応し、蛇那伊に向かって剣を向けたが―――
　2人の侵入者に幸運が訪れた。番兵はたまたま床の濡れた部分を踏み、足を滑らせてよろめいたのだ。海斗はその隙に棍棒を大きく振りかぶり、会心の一撃を加える。勢いそのままに滑り込んで、グリーブを付けた右足で相手の足を払う。さらに右手を蹴飛ばして剣を落とさせ、仕上げに頭部に蹴りを入れる。番兵の巨体は、たまらず崩れ落ちた。
「あ、あなたたちは―――？」
　鉄格子のなかで一部始終を見ていたジャンヌ・ダルクが驚いた顔で聞いた。
「しぃっ。気づかれないように逃げるわよ」
　倒れた兵士の身に着けていた鍵を探しだし、蛇那伊は鉄格子を開けた。
「汚れてるけど、我慢するべ」
　海斗がジャンヌにクロークをかぶせ、姿を隠す。長い牢獄暮らしで足が弱っているのを見て取った蛇那伊は、ジャンヌをお姫様抱っこの形で抱きかかえた。これから脱出だ。

「ついてねぇな……これがろっこんの代償か」
　茂みに隠れた黒子がつぶやく。囮役になったはいいものの、仲間とはぐれ、周りを警備兵に囲まれるという不運に見舞われたのだ。ろっこんを付与した相手に幸運を与える代わり、自分に不運が降りかかってしまうのだ。見つかるのも時間の問題か……。
　そう思われた時、にわかに兵士たちが騒ぎ出した。
「市街地に放火魔が現れたそうだぞ！」
　よく分からないうちに、兵士たちは黒子の隠れている茂みのところから引けて行った。
「何だ？不運に、なぜか幸運が重なりやがった」
　黒子は不思議に思いつつ、さっきニコに手を握られた感触を思い出していた。

「火事だ！」
　ルーアン市街地の一角は、怒号と悲鳴に包まれていた。人気のない納屋や倉庫から火の手が上がったのだ。
　騒ぎを起こしたのは斗南だ。ろっこん〈イグニッションハート〉で炎をだし、放火して回っているのだ。ルーアンの治安維持部隊の注意は、ボヤ騒ぎが起きている地区に集中した。
「放火魔はお前か！」
　取り押さえようとした兵士に対し、斗南は炎をだして手出しさせないようにする。そして、力の限り叫んだ。
「神の声とやらが本当かは知らないが、彼女は国のために戦った。それをありもしない罪で裁こうなんて間違っている。裁かれるべきはお前たちの方だ！」
　近づいてくる兵士も、炎の熱さにたまらず次々と退散した。荒ぶる斗南に、誰も近づけないでいる。これが少しでも、ジャンヌを助ける手助けになればいいが―――