悠久の時の彼方へ～牢獄の聖女｜リアクション

悠久の時の彼方へ～牢獄の聖女

Onze.

　孤児マルグリットは、再び変わった景色に目を丸くし、辺りを見渡した。火刑台から救出されたあと、神出鬼没のろっこんで馬車の待機場所に転送されたのだ。待ち合わせ場所にいたのは、ロザリー・マルリアーヴ、日暮ねむる、桃川圭花の3人である。
「大丈夫？大変だったでしょう、長旅になるけど、疲れたら眠っていいのよ」
　初めに、マルグリットを勇気づけるように言ったのはロザリーだった。
「悪いけど、安全に逃げるために変装してもらうわ」
　圭花がメイク道具を取り出す。ジャンヌとそっくりの状態ではまずいから、姿形を変えておくのだ。ジャンヌといえば男装というイメージがあるので、逆に女の子らしいメイクを施す。さらに、長い黒髪の鬘を被せ、ブロンドを隠した。
出発する前に、ロザリーはマルグリットにクッキーを渡す。
「お腹がすいたらこれを食べて。美味しいわよ」
　マルグリットは興味を示すが、貧しい育ちのおかげで疑り深い野良猫のようにためらっている。ロザリーは、笑って彼女の目の前でクッキーを食べた。
「本当に美味しい！」
「これはいけるね！」
　圭花とねむるももらったのを見て、マルグリットはそっとクッキーに手を伸ばした。

　皆が乗り込んだのを確認すると、御者台にのぼったロザリーは馬に鞭を入れた。ルートは、念のためジャンヌ護送班と違い、アミアン方面に向かってからオルレアンに行く。
　市街地は、広場に警備が集中しているおかげかスムーズに通ることができた。問題は、ルーアンを出たところにある関所である。
　衛兵に呼び止められたときに進み出たのはねむるだった。
「数時間前に通った馬車と同じ万屋の者です。通行証もここに」
「アミアンに大聖堂があると聞き、そちらに立ち寄りたいと」
　ロザリーも行き先について説明する。信仰の深さを示すように、聖書の一節をそっと口ずさむ。
「なるほど……だが、上から命令が来ている。20歳頃の娘が通るときは念入りに調べろ、と」
　ジャンヌ脱獄を受けての命令か―――一行に緊張が走った。衛兵はマルグリットの方に近づく。ねむるは、さりげなくマルグリットの手を取り、意識を集中させた。ろっこんの効果により、マルグリットを眠気が襲う。
「彼女は長旅でひどく疲れているみたいなんだ。僕らは好きなだけ調べてくれて構わないが、彼女だけは馬車で休ませてもらえないかな」
　現に、マルグリットは眠気でふらふらになっていた。兵士たちはお座なりの質問で切り上げざるを得なかった。