悠久の時の彼方へ～牢獄の聖女｜リアクション

悠久の時の彼方へ～牢獄の聖女

Huit.

　朝、夢と現の間を行き来していたマルグリットの牢獄の前に、物々しく武装した兵士たちがやってきた。
「おい、お呼びがかかったぞ。先日の強盗殺人で、貴様の関与を示す証言があった。貴様は火刑に処される」
　何事かあったな―――兵士たちのただならぬ様子から、マルグリットはそう感じ取った。そして、昨日やってきた妙な客人のことも思い出す。きっと、火あぶりになると噂の魔女の身代わりだ。彼女は直感的にそう思った。でも別に、どうでもいいや。この馬鹿らしい世界に早くおさらばできるのだから。マルグリットは、言われた通りに両腕を出し、縛られるがままになった。
　だが、護送の馬車に向かって歩き出した瞬間、マルグリットは足に微かな震えを感じた―――なぜ？自分は今、死にたくないと思っている……？

　1431年５月30日、ルーアンの街には初夏の陽光が照りつけていた。広場にはいっぱいの群衆が集まり、魔女が火あぶりにされる瞬間を待ち受けている。この時代、広場で公開される処刑は庶民の娯楽であった。

「旦那、シーツの取替はいいんですかい」
「ああ……あのとおり、娘の一人が疲れて寝ちまってるんだ。起きたらかわいそうだから、入らないでくれるかい」
　宿屋の主人は、胡散臭げに室内を伺いながらも、飛吹蓮太郎の言葉に引っ込んだ。ベッドのシーツの中には、例の人形が隠されている。
　この部屋からは、広場の様子が一望できる。神出鬼没、北美浜薫子、ミルカ・アハティアラ、そして常闇月が待機して、すり替えに備えている。
　蓮太郎は、窓からそっと広場の様子を伺った。
「歴史通りなら、この後ひとりの少女が焼き殺されちまうと思うと切ないな……」
　ジャンヌ救出班が成功していればマルグリットが、失敗していればジャンヌが火刑台に登らされることになる。
「いずれにせよ、悲しい顔をした女の子をほうって置けるはずがない」
　蓮太郎は拳を握り締めた。
　一方、ミルカの方は緊張した面持ちだ。骨とかでできた人形に触るのはちょっと怖いけど……
「でも、わたしがやらなくちゃ！マルグリットさんを無事助けるのです！」

　兵士服を着込んだ風雲児轟は、処刑に向けて忙しく動き回る兵士の中に紛れ込むことに成功していた。処刑台に薪を運ぶ作業をしながら、生木を置く位置を考える。風向きと、宿屋の窓の位置を考慮し、入れ替えのしやすい煙の出方を狙うのだ。
　
　広場に歓声が上がった。今日処刑される人物―――公称ではジャンヌ・ダルク、実際は孤児マルグリット―――が連行されてきたのだ。
　マルグリットは、兵士に追い立てられるように馬車から降りた。膝が無様に震えて思うように歩けない。何か言おうにも、声が出てこない。彼女は、ここにきてようやく生への執着を意識した。目に涙を浮かべながら、マルグリットは火刑台に縛り付けられた。
（来た……もうすぐ助けるから）
　轟は、マルグリットの姿を認めると、火刑台に積む薪の中に生木を配置し始める。