悠久の時の彼方へ～牢獄の聖女｜リアクション

悠久の時の彼方へ～牢獄の聖女

　夕暮れどき、視界が暗くなってきた墓地で、天野と没は密かに遺体の調達に向かっていた。
「築地の奴に会うたびに、僕は人として失ってはいけない何かをすごい勢いで失っていることだけは確かだ―――」
　天野はひとりごちた。お寺育ちだから遺体は怖くない。しかし、ただのモノのように扱うのは心がひどく痛むのだ。そんな天野の横に、没は静かに寄り添っている。
「人気のない墓地は調べといたよ。これも人助けさね」
「ああ、流石に子供を見殺しにはできないからね」
　ふたりはスコップを使って墓を掘り返す。重たい石や棺の蓋などは、没のろっこん〈神出鬼没〉で転送してしまう。墓石に刻まれた名前と生没年から、若い少女の白骨遺体を探しあて、掘り出す。
「遺骨はろっこんで転送するさね」
　没はそういって遺体を例の宿屋に送り届けた。これで、材料は揃った。

　蓮太郎の押さえた宿屋の広めの一室に、人形製作班の面々と材料が揃う。
「正直血を見るのは苦手だが……一番の大人だからな、俺は我慢するぞ！」
　ホラーやグロテスクなものが苦手な蓮太郎だが、大の大人として頑張るつもりだ。
「この材料を、どうやって人形にすればいい？」
　空の疑問に、天野が答える。
「まず骨を綺麗にして、肉を巻きつけて土台を作る。肉には動物の内蔵も包み込んで、人間の肉体を再現するんだ。グロい作業は、基本僕が引き受けるよ。胃の中のものも吐き出しておいた」
　家畜の臓器の血の臭いが漂う中、皆は吐き気を抑えながら人形作りにとりかかる。骨に巻きつけた肉は糸で固定し、関節も糸で結びつける。その上に布や包帯を巻きつけ、服を着せても見えてしまう部分は塗料を塗って人間の肌に見えるようにする。
「腐敗防止に、心臓部分に氷を仕込んでから縫合だ。香油を混ぜた油も内側につけておこう。防臭と、燃えやすくするためだ」
　天野がてきぱきと指示を出す。
「後は顔をどうやって再現するか……」
「うちがマルグリットに会いに行ったことが役立ったねぇ」
　壬生由貴奈の出番だ。
「目は碧眼で大きくて、鼻筋が通ってて。確かにジャンヌにそっくりだったよ。あとの特徴は……」
「人形の仕上げは任せろーっ」
　先程から細やかな仕事を黙々とこなしていた没が、細かい詰めを引き受ける。顔は塗料と化粧品でつくり、ブロンドの鬘を固定して完成だ。２，３時間の大仕事になったが、遠目には十分に人間らしく見えるものが出来上がった。眠る少女といったイメージか。最後に、由貴奈の情報を元に、マルグリットと同じ粗末な衣装を着せた。
「皆さんに作ってもらった人形が、私のろっこんで間違いなく憑依と操作ができるかどうかを試さないといけません」
　常闇月が前に進みでる。
「いささかホラーな人形で私のろっこんを使うのは初めてですが……」
　そう言って、月は人形にキスをした。月の体が力を失って倒れ、人形がゆっくりと起き出す。実験は成功だ。
「準備は万全さね。明日に備えて早めに休むの」
　いつでも、没は不思議なマイペース少年なのだった。

　夜、ルーアン中心部の広場には人っ子一人いない。
「薪はあそこか……教えてもらったとおりだ」
　風雲児轟が、広場の隅に用意されている薪を指差す。兵士になりすまし、翌日の処刑に使う薪の場所を聞いておいたのだ。
「いくつかを、生木に差し替えるよっ」
　維都月茉菜が、用意しきた麻袋の口を開ける。薪に生木を混ぜておけば、煙が立ち込めやすくなる。ちょっとでもマルグリットと人形の入れ替えをやりやすくする工夫だった。手早く差し替えを行う二人だったが―――。
「お前たち、見かけない顔だが一体何をしている」
　巡回していた兵士の一人に見咎められてしまった。茉菜は、低い声ですかさず答える。
「新入りのものです！処刑に向けて、念のため薪を追加するよう命令を受けました！」
　その堂々とした態度に、兵士もそれ以上追求はしなかった。