悠久の時の彼方へ～牢獄の聖女｜リアクション

悠久の時の彼方へ～牢獄の聖女

　打ち合わせられた作戦決行の時は、薪に火が付けられ、煙が上がった瞬間である。

　常闇月は、マルグリットに似せた人形にキスをした。ろっこん〈ドールダイブ〉が発動、月の意識は人形の方に宿った。

　黒依アリーセは、思い切り手に持っていた紐を引っ張った。紐につながっていたつっかえ棒が外れ、積み上げてあった陶器や鍋が激しい音を立てて崩れ落ちる。観衆の目は、自然一時的に広場の隅に向いた。

　広場の入口付近にいた逆巻天野は、ろっこん〈天邪鬼〉を発動した。目視した対象物が逆の動きをするのだ。上に上がろうとしていた白煙が下に降り、マルグリットの姿を群衆から隠す。

　群衆を苦労してかき分け、クルジッカ・ヘルマゴルは人垣の前に出て、視界を確保した。ろっこん〈魔女の見えざる手〉の発動だ。薪の位置を微妙に動かして、ミルカたちのいる宿屋の一室からだけはマルグリットの姿を見えやすいようにする。さらには、死刑執行人の背後で物音を立て、注意をそらした。

「いくぞ！」
「はい！」
　薫子の言葉に、ミルカが答える。ミルカの手は、しっかりと月の憑依した人形に触れられている。二人は、火刑台を中止して意識を集中した。
「せー……のっ！」
　薫子がゼロカンマ数秒早く、〈お取り寄せ〉を発動。そして、ミルカが〈Joulutonttu〉を発動した。マルグリットの体が宿屋の部屋に現れ、代わりに人形が火刑台まで転送された。
　
　一瞬のチャンスを生かし、すり替えは成功したのだった。

　火刑台の上には、人形が入れ替わりで現れる。縛り付けていた縄がずり落ちたが、天野のろっこんで上に持ち上げられ、クルジッカのろっこんで再びきつく体に巻きつけられた。広場にいた陽動部隊の活躍で、無事群衆の目を欺くことができたのである。

　しかし、処刑は終わりではない。火刑台を包む炎はますます激しさを増し、月の意識が宿った人形を包み込んだ。
（身を焼かれる痛みと恐怖―――そういったものをどこまでも殺し、偽装が成功するまで偽物を演じ続けられるか。ある意味、自分との勝負ですね）
　煙で視界は全くなくなり、火は容赦なく体を焦がしていく。
（これが、火刑に処される時の苦痛―――！）
　たまらず叫びそうになる。しかし、声は出なかった。
（そうか、この人形は口まではきちんと作っていませんでしたね―――）
　言語に絶する苦痛の中、月の意識は少しずつ遠のいていった―――