悠久の時の彼方へ～牢獄の聖女｜リアクション

悠久の時の彼方へ～牢獄の聖女

Sept.

　黒依アリーセは、市場の店先で店主の男と立ち話をしていた。
「ジャンヌ・ダルクの処刑が決まったそうですね」
「ああ、明日は見物人が広場に押し寄せるだろうな」
「彼女は、フランスでは聖女と言われています―――ジャンヌを処刑して、天罰が下るようなことがなければいいのですが」
　アリーセは不安そうに語る。
「まさか……あれはペテンだと聞いたぞ。ま、処刑当日に奇跡が起こるようなら、信じるしかないがね」
　何人かと話して、これが噂話になればいい。そうすれば、ジャンヌ―――正確にはジャンルに仕立てられたマルグリットを助けやすくなるだろう。
　噂を流すだけでなく、当日の準備もしておく。いつも持ち歩いている「うさぎの足のお守り」を行商人に見せ、お金と交換してもらった。ガーネットと琥珀の装飾があるので、商人はそこそこにはずんでくれた。
　資金を使って、鍋や素焼きの壷などをできるだけ買う。そして、20メートルほどの紐とつっかえ棒も用意した。
　鍋類を両手に抱えたアリーセは、処刑が行われる広場に行き、隅の目立たないところに鍋類を高く積み上げた。
「あんた、何してるんだ？」
　通行人に不審な顔をされ、彼女はごまかす。
「明日は人が集まるので、商売になると思って……」
　積み上げた鍋類は、つっかえ棒を外すとすぐ崩れるようにしておき、棒には紐を結ぶ。紐には砂をかけて目立たないようにし、誰かが引っかからないよう壁沿いに長く伸ばしておいた。これで、当日の準備は完了だ。

「買い物帰りに飛ばされたから、包帯とソーイングセット、それにスパイス類を持ってる」
　逆巻天野が言うと、いつの間にか傍らにいた神出鬼没が応える。
「……スパイスはお金に変えられるさね。偉い人に頼まれたって名目でね」
「他にもお金に変えられそうなものもある」
　鷹城空は、財布を取り出した。
「現代の硬貨も、彫刻が綺麗な貴金属としてこの時代のお金に出来ると思う」
「うちも腕時計とか、身につけてる物を売って資金集めをするぞ！」
　北美浜薫子も乗り気だ。
「まずは、資金調達と材料集めだな。人形を作る作業は、俺がちょうどいい立地の宿を確保しておいたからそこでやろう」
　飛吹蓮太郎が場をまとめて、人形製作班も動き出す。

　皆で集めたお金で、薫子は牛や豚の肉を買い集める。人間の肉体を再現するのだから、数十キロはいる。蓮太郎や空に運ぶのを手伝ってもらいながら相当な量を集めたが―――
「まだ足りなそうじゃのう。使いたくはないが、〈お取り寄せ〉で失敬してくるか……」
　考えている最中、ふと市場の裏手でひそひそ声が聞こえる。
「……いいんですか旦那、野犬の肉を羊と騙して売るなんて」
「構わねえさ、誰も気づかねえ……」
　薫子は、物陰から悪徳商人の運ぶ物資を視界に入れ、念じた。
「ま、あいつらの売り物なら構わんじゃろ」