授業風景～倫理の時間の場合～｜リアクション

授業風景～倫理の時間の場合～

＜志波武道の場合＞

　人の死に関わる内容ゆえ、志波はおちゃらけた態度を封印して真面目に発表すると意気込んだ。
「俺は『殺人が仕方ないと判断される状況』『自己防衛に関して』『自分という人を殺す行為に関して』の３点から考えてみました」
　そう言うと、黒板に自らの考えをまとめたものを書き出す志波。

『人を殺してはならないと考える理由』
　→心を守るため、悔いぬため

『その理由を端的に表した言葉』
　→【自愛】

　彼は半紙を掲げながら、黒板に書いた事を１つずつ解説していく。
「まずは判断。極端な例が介護疲れに心神喪失かな？　これら経緯を吟味し『已む無し』とされる事もある。前者は温情、後者は責任能力ってやつだ。前者はその人の未来を嘆く想いの為、後者は何かを想う心がない状態と俺は考える」
　先ほどの鬼河内の疑問にも出てきた内容だ。
　続けて志波は２つ目の解説を始めた。
「次、自己防衛。言葉でも人は思いの外、簡単に死ぬ。それに気付かない人もいるだろう。只、それに関わったと気付いた瞬間……」
　志波の顔が悲壮感に満ちた。
「人は『関係ない』『仕方ない』等の理由で心を保とうとする……。だが、逆に……『誰かを想う』ことでそれは“自己犠牲”に変わるんだ」
　そして３つ目。
「最後は自分という人を殺す行為、つまり自殺だ……」
　志波は瞼を閉じて、瞑想めいたまま発表を続ける。
「人には自分も含まれる……。で、自殺でよく聞く“ためらい傷”から考えてみた。『人を殺してはならない』と考えるからこそ、それは生まれるものじゃないかって」
　ここで、志波は黒板に文字を書き足す。

『想い、愛の方向』

「以上３点、全ては『想い、愛の方向』が関わっていると考えている」
　志波は矢印を描きながら解説を進める。
「他人や事象への愛は嫉妬となり、誰かを、そして自分を殺す言い訳になる。……自分への愛がある人は、行為によって自分を守れなくなるから躊躇が出来る。その『心を守る為』というのを殺してはいけない理由だ、と俺は纏めよう」
　受講者の拍手が起こると、志波は戸惑いながらもはにかんだ。
「……我ながら上手く言えてない感もするけどね」
「いいえ、志波さんは他人への慈悲がとても深い人だと感じましたよ。その気持ちは、これからの人生できっと役立つでしょう」
　中野先生の合掌に、志波も思わず合掌してお辞儀をしてしまった。