【エクストリーム☆ダンボールアート】

　彼女が学校へ顔を見せるのは、少しばかり久しぶりのこと。
　気まぐれな朝鳥 さゆるですけれど、まぁテストくらいは受けておこうかしら、なんて思うあたりは、彼女の根っこにある律儀で真面目な部分かもしれません……というのはさておきまして、
「……エクストリーム？」
　やってきてみれば、講堂にてそんな風に告げられたもので、さゆるはひとつ、はあ。とため息。
　とはいえ彼女、こうも思います。
（まぁ、普通にテストを受けるよりは、退屈しないかもね）
　語学に堪能なさゆるは、英語も大の得意。まともにテストを受けたって、もちろん高得点をはじき出す自信はありました。けれどそんな当たり障りの無い結果よりは、こうしていくらか障害があるほうが、彼女もやりがいがあるというものなのです。
　ひとまず講堂を抜け出たさゆるは、校舎内を巡ります。
（どこかに、おあつらえ向きの……ああ。これは良さそうね）
　北校舎、特別教室棟のとある準備室にて手に取ったのは、教材か何かが収められていたのでしょう、大きなダンボール箱でした。
　そういったものを、校舎内でいくつか調達して。加えて必要なのは、大型のカッターナイフ……こちらは事務室から拝借することができました。
　日当たりの良い適当な空き教室に陣取ったさゆるは、持ち込んだダンボール箱の山、それにテストの問題用紙を目の前に広げて、手にはカッターナイフ。何を始めるのかと思いきや、
（さて。この問題の答えは……『residence』）
　びゅんびゅんとナイフを翻し、ダンボールのひとつを切り刻み始めました。しゅば！　ずば、ずばば！
　瞬く間に現れたのは……なんと、ダンボールを切り抜いて作った、洋風の立派なお城！
　住居、住まいといった意味の言葉でしたけれど、
（ストレートに表現したって、つまらないもの）
　つまりはこれ、ダンボールアート！　さゆるは問題とその解答をテーマに、それをダンボールを切り抜くことで表現していくつもりなのです。正解そのままを直接表現するのではなくて、ちょっとばかり捻った創作物は、さゆるの個性でありましょう。
「おおっ、すげーじゃん！」
　唐突にかけられた声の主は、窓の外。ひょいひょいと校舎の壁面を登っていく、周 泰五です。窓枠へひょいと乗っかった彼にはそっけなく、
「……そう？　ありがと」
「いいねぇ、美人が何かに打ち込んでる姿ってのはさ。なぁ、これ終わったらふけてさ、どっかお茶しにいかねえ？」
「遠慮しておくわ。悪いけど、今はそういう気分じゃ無いの」
「そーか、残念！　そんじゃま、お互い頑張るとしようぜ！」
　ナンパ癖をちょっぴり発揮してから、泰五は再び、ひょいひょいひょいっと登って行ってしまいました。
　さゆるがふと気付けば、彼だけではなく……窓の外に垂れ下がったロープをするするとよじ登っていく、志田 朝陽の姿が目に入ります。先ほどからばたばたと廊下のほうから聞こえてくるのは、どうやら後木 真央が階段を駆け上っていく足音のようです。
（登る……『heaven』）
　手元に今しがた書き入れた解答と、やたらに上へ上へと登っていく彼らの姿が、何だか重なったのでしょうか。あるいは……それはさゆるが胸の内に秘めている、何らかの救済願望の現れでもあったのかもしれません。
　しゅばばば、ずばんっ！
　翻るカッターナイフが切り出し出現したものは、何とも神々しい、翼を持つ荘厳な天使の像でありました。

高野先生：８点「これ、本当にダンボール製なのかい？（ぽかーんと口を開けて）」
泉先生　：５点「今にも翼を打って空へと舞い上がりそうな造形だ。素晴らしいじゃないか」
樋口先生：６点「細かいところまで緻密に表現されていて、すごいわね。賛美歌が聞こえてきそうだわ」



【エクストリーム☆バンジー LEVELMAX！】

　ふと、屋上に彼らが姿を揃えた時に、泰五が言ったのです。
「なぁ。これ、地味じゃね？」
　見ている人をはらはらとさせてなおこの発言、ぎょっとしたのは真央と朝陽です。
「こ、これでもまだ地味なのだ真央ちゃんけっこー全力全開なのに！？」
「お前のパルクールや俺のバンジー解答じゃ、まだ足りないっていうのか……！？」
「そう、それだ！　バンジー！」
　三人の横から、ばばん！　登場です。御剣 刀くん！
　前回のテストはそれはもう惨たんたるもので、もはや奇跡ともいえる０点解答を連発した彼。このエクストリームなチャンスをモノにしないわけにはいきません……何せ英語は、彼の尊敬する担任の先生、かつ剣道部の顧問である彼女が担当する教科でして、万一またしても赤点など取ってしまおうものなら、さすがの彼も申し訳が無い……！
　といった次第で、刀くんが考え至ったパフォーマンスはと言いますと、
「起死回生のチャンスだ……！　紐なしバンジー、しようぜッ！」
　でありました。紐なし！
「大丈夫だ、もちろん地面にはマットを二重に敷いて衝撃を吸収……」
「乗ったぜ！」
　みなまで聞かず。更なる高みを目指す泰五は、躊躇なく参加を表明！
　となると、少々困ってしまったのは、朝陽と真央。そんなことをされては、自分たちの決死のパフォーマンスが霞んでしまいかねません……！
　二人は顔を見合わせまして、
「くっ……こうなったら！」
「こうなったら？」
「俺たちも紐なしで、やるっきゃねー！」
「やっぱりそうなるのだマジなのだ……！？」
　マジで結局、四人でやることになりました。紐なしバンジー！
　先ほど刀が言いかけたように、眼下にはばっちり衝撃を吸収してくれる……はずの競技用マットが二重にずずんと積んでありまして、確かに恐ろしい惨事へと発展してしまうようなことは無さそう、ではありましたけれど。
　それでもやっぱり、こうして屋上の縁へ立ってみますと……こ、こ、怖いっ！
　けれど。朝陽はぐっ、と拳を握りまして、
「よし……腹は括った！　周、御剣、後木！」
　やけに爽やかな顔で言いました。
「いこうぜ……空へ……っ！」
　何だかんだで、けっこーやる気だったりするのでした。
　そんなわけで四人並んで、一斉に。
　紐なしで、バンジーーーッ！！
　一度踏ん切りを付けてしまえば、後はみんなと一緒に跳ぶに任せて、空へと飛び出すのは容易ではありました……けれど、どばばばばとはためく裾に、凄まじい風圧に歪む顔。スゴイ勢いで流れていく視界。
　これ怖い！　怖い怖い！
「うおおおお……！」
　そんな中、刀は頭の中で、がちんっと撃鉄を落とすイメージをば。ろっこん発動、加速開始！
　手に持っておりますのは、きっちりバインダーに挟んでおいた答案用紙と鉛筆です。落下のスピードに負けじと、凄まじい速度で、刀は落下しながらスピード解答！　一応担任の先生の手前、勉強はしてきたものの、正直言って問題の内容はサッパリではありましたけれど。一縷の望みに全てを託して、縦横無尽に走る鉛筆！
「とにかく答案用紙は、全部埋める……例え間違っていたとしても！　先生のためにも！　全て、埋めるんだッ……！」
　良くわかんないけど男らしい！
　それはさておき真央と朝陽は、またしても驚愕しておりました。
（周のやつ……まずい！？）
（あれじゃマットの外に落ちるのだー！？）
　風圧に歪む視界の向こう、少しばかり先を落ちていく泰五、その落下先は明らかに、マットから大きく外れた外。硬いアスファルト！
　けれど彼は慌てず、二人へにやり！
　泰五は先ほど宙へと飛び出す前に、首に提げた十字架のペンダント……改造を施したそれから飛び出した針でもって、ぷつりと指を小さく指した後、ポケットから取り出した飴玉を口の中へ、ぱくり。準備をばっちり、整えていたのです。
「こういう状況でも何とかしちまうのが、俺だぜ！」
　やがて、ぼす、ぼすん！　ぼすん！　と真央、刀、朝陽がマットへ落下した横で、泰五は……ふわり！　ろっこんで巧みに重力を操り、見事に着地してみせたのでした。
　紐なしバンジー、全員成功！　失敗しても困りますけれど！

高野先生：９点「今のはちょっと驚いたよ！　すごいじゃない、あんたたち！（にっこり、ぱちぱち）」
泉先生　：４点「勇気と無謀の境目を、君たちは良く知っているようだ。若者とはこうでなくてはね」
樋口先生：３点「え、エクストリームって、心臓に悪いわね……」



　その頃。窓の外を自由落下していく幾つもの人影という、いかにもイヤなヴィジョンを目の当たりにしたさゆるは首を傾げて、やがてその作風には、ちょっぴり変化が訪れたりしておりました。
（落ちる……『hell』？）
　何ということでしょう。神々しい神の庭のような壮大なジオラマを形作っていたダンボールアートが一転、おどろおどろしい、地獄のような光景へ……！？