悠久の時の彼方へ～オルレアンの少女｜リアクション

悠久の時の彼方へ～オルレアンの少女

Cinq.

「フランス軍総司令官、ジャン・ド・デュノワ伯爵にお目通り願いたい」
　築地哲が恭しく一礼すると、警護の兵士は黙って道を開けた。哲に続いて、説得班の面々はジャン・ド・デュノワの待機する本陣へと足を踏み入れる。開戦の直前、フィーナ・シレンツィオ、北原みゆき、御剣刀、桜崎巴、壬生由貴奈、獅子島市子、そして桃川圭花の７人がデュノワ説得の役目を引き受けた。
　天幕の下に、デュノワは眉間にしわを寄せた険しい顔つきで椅子に腰掛けていた。
「近頃は、予期しない客人が多いものだ。戦時ゆえ、要件は手短に頼む」
　言葉使いこそ紳士的であったが、言葉は刺々しかった。状況が状況である、気が立っていて当然ではあった。
哲が静かな口調で、来訪の目的を告げる。
「ご多忙のところお時間をいただき、感謝致します。僭越ながら、この者たちはデュノワ司令に意見を具申しに参りました。ジャンヌ・ダルク率いる先鋒に前進を命じながら、本隊を含む後衛に突如として待機を命じるという戦術に対してです―――」
　最初に前に出たのは、北原みゆきだった。
「ご覧になるとわかると思いますが、ここにいるのは異国の者ばかりです。しかし、私にはフランス人の血が流れています。この者たちが信頼に足る人物であることを、血統にかけて私が保証します」
　すぐに本題に入るのではなく、みゆきがフランス人の血を引いていることを明かし、まず警戒心を解く作戦だ。
続いて、フィーナが前に進み出た。いつもの粗野な口調では無礼だといって追い出されそうだ。しかも敵国イングランドの生まれとあっては、礼儀を欠くと問答無用で投獄されかねない。気は進まないが、普段と違う丁寧な口調で話し始めた。
「貴方の戦術は、実質的にジャンヌを見殺しにするものです。この戦術を押し通すデメリットと、ジャンヌに援軍を出すメリットについてお話しましょう。
　貴方の管轄下で彼女を見殺しにした場合、余力を残しながら救援をしなかった貴方に対して、上層部は確実に糾弾を加えるでしょう。たとえその後、勝利を収めたとしても、貴方への信頼は大幅に失われる可能性があります。
　個人的な感情に任せ、上層部からの信頼や、国への忠誠心を犠牲にしたくはないでしょう？」
　普段の喋り方は荒っぽいが、フィーナは良家のお嬢様。上品な口調も様になった。
「では、ジャンヌに援軍を出すメリットとは何でしょうか？もし貴方が援軍を出し、彼女の窮地を救ったとなれば、上層部の信頼も増し、株も上がりますね。上層部の推すジャンヌを助けるということで、国への忠誠心もさらに見せることができます。しかも、神の使徒を救ったとあれば、民衆からの尊敬の念も得られるかと……」
　フィーナは硬い面持ちでデュノワを見上げた。デュノワは、目の前の相手が信頼に足るか否かを見極めるべく、射すくめるような視線をこちらに向けていた。
「なるほど―――そなたは今、ジャンヌを助けることで私の忠誠心を示せると申したな。だが、考えてみるがいい。ジャンヌには何の戦績もなく、『神の声を聞いた』という眉唾な噂がついているのみ。彼女に指揮をとらせよなどという命令は、明らかに不合理ではないか」
「しかし、ジャンヌは王太子シャルルの信任を受け派遣されてきた身分です……」
　食い下がるフィーナに、デュノワは答える。
「私は、仮にもフランス軍主力を預かる身だ。多数の将兵の命を、そんな不確実な人物に託せるだろうか？上の命令に盲目的に従うのが忠誠を尽くすことだとは思わない。私は、不合理な命令に従わない。それが私なりの国への忠誠心の示し方だ。詐欺まがいの小娘の化けの皮が剥がれたら、私の忠義は自然と証明される」
　デュノワも愚か者ではない。若者の論理に簡単に崩されるような器ではなかった。