悠久の時の彼方へ～オルレアンの少女｜リアクション

悠久の時の彼方へ～オルレアンの少女

Dix.

　イングランド軍の退却を見届けたあと、トゥーレル砦の上。
　ジャンヌ・ダルクが城壁の上に登ると、歓声が巻き起こった。フランス軍の勝利の儀式として、軍旗を掲げるのだ。
　猫島寝太郎は、ジャンヌに軍旗を渡す役目をもらった。緊張しながら渡し終え、引き返そうとしたとき、彼はフランス兵ル・バスクに、ねぎらうように肩を２回叩かれた。
「あれ……」
　その瞬間、寝太郎の体が一式の超高級羽毛布団に変化する。寝太郎のろっこんが不意に発動したのだった。
（もしかして、あの人は……）
　眠そうな目をこすりながら、不思議な顔をしているル・バスク。
（寝不足だったのかな？）
　寝太郎のろっこんは寝不足の人に肩を２回叩かれることで発動するのだ。
　場所にそぐわない超高級羽毛布団は、バランスを崩して城壁から落ち、槍に引っかかって破れてしまった。中身の羽毛が大量に舞い上がる。
　天からの光に照らされ、舞い上がる白い羽毛に包まれたジャンヌの姿は、とても神々しいものだった。布団に変わって動けない寝太郎の意識は、割れるような歓声を耳にしつつ遠のいていった―――

　夕刻、風雲児轟はさっきまで激戦が繰り広げられていた場所にいた。足元に転がる、無名の兵士たちの遺体。
「貴方は一体、何をしているのですか？」
　声をかけられた轟は、振り向いて驚いた。ジャンヌ・ダルクが一人で立っている。
「戦死した仲間をできるだけ集めて、形だけでも弔いたいと思ってさ」
「私もです。亡くなった味方に、お祈りを捧げに」
　二人は、死んだ仲間に静かに祈りを捧げる。
「―――ジャンヌ」
「何でしょう」
「この先、とんでもない苦難が待ってるだろうけど、何があっても決して心を折らないで欲しいんだ」
　歴史は変えられないかもしれないけど、このくらいのことは言わせて欲しかった。
「安心してください。私には、神様がついています」
　そう言って、ジャンヌは笑った。

　同じ時刻、ジャン・ド・デュノワの陣所。デュノワは謁見の要請に怪訝な顔をした。
「もう戦いは終わったが、一体何の用かね」
　通された獅子島市子と桃川圭花に、デュノワは問う。
「ジャンヌのことについて、お話があります」
　市子が答える。
「英雄は国難に際してこそ英雄―――勝利の果てに、かの娘を待ちうるもの、閣下ならお分かりのはず」
「話が見えぬな」
　市子はデュノワの目を見据えた。現実主義者デュノワは、実力を評価し、それを求める理想家でもある。一方、理想家ジャンヌは政治的・宗教的判断にたけた現実主義者である、というのが市子の見立てだった。
　方やバタール（庶子、デュノワのこと）、方やアバタール（不死の存在）。時代の生んだ同じカードの裏表。２人なら、忠義と信仰を超えられる。
「ジャンヌにとっての『運命の時』が戦場とは限りません―――聖なるフランス王国さえ、彼女を持て余すかもしれません。ですが―――どうか貴方だけは手を差し伸べてやって頂けないでしょうか。いかなるときも……」
「要はジャンヌが困ったら助けよと？それしきの頼みに、なぜそんな仰々しい口調になる？」
「いずれ、分かる時が来ます」
　続いて、圭花が口を開いた。デュノワ説得の場に同席していたのも、すべて彼の人となりを見極めるため。ジャンヌを守ってほしいという願いをすぐ言わず、勝利を待っていたのも、デュノワの印象を悪くしないためだった。圭花は確信している。デュノワはこの戦いによってジャンヌのことを認めることになっている。そして、デュノワは本質的に真面目な人物だ。だから、その騎士さながらの実直さに賭けることにした。
「国に仕えるのは尊いことだけど、なればこそ貴方は、『貴方の属する最も古い国』に仕えなければならない」
「『神の国』に仕えよと……？私に不信心があるとでも？」
「いえ、フランスへの忠誠と神への信仰が矛盾したとき、どうするかというお話。そして、神の国の代理人こそ、ジャンヌ―――私は、これを伝えたいの」
「わからぬ―――そなたたちが心配せずとも、私は神に背かないし、ジャンヌとの信義を違えるつもりもない。要件はそれだけかね」
　謁見を打ち切ろうとしたデュノワに、市子は付け加えた。
「そうそう―――ジャンヌにお伝えください。『お母さまを大切になさい』と」