ホテル『ニュープラナス』の一夜｜リアクション

ホテル『ニュープラナス』の一夜

【04:31　××××】

「桃川、いるか！？」
「いるわよ、ちゃんとね！　芹沢君！」
　声をかけ合いながら、芹沢梨樹と桃川圭花はひた走ります。明かり一つ無い暗闇を。
　いえ。光るものがひとつ、ありました。二人の視線の先……恐らくは廊下のような、この細長い空間の行き着くところ。行き止まりの終点。
　緑色に輝く、非常口のランプが。
「いる、芹沢君！？」
「ああ、いるぞ、桃川！！」
　互いの名を呼ぶのは、そうしなければ、通じないから。
　いる。いるよ。いるとも。いる、ここに。ずっと。おれたちは。いるよ。わたしたちは。ずっと。ここに。
　いるよ。
「っ、悪いけど……あなたたちには、構ってられないのよ！　芹沢君！」
「ああ、桃川！　もう少し……！！」
　二人は走ります。埃っぽく、異様な臭気に満たされた空間を。ぶんぶんと、羽虫の鳴くような音が絶えず聞こえてくる、この暗闇を。
　幾人もの、誰かの気配の中を、すり抜けながら。
　ふいに届く、二人の男の声。
「…………のままでは、我々……滅だぞ、分かって…………お前が、××なければ、我々は…………前はもう、狂……」
「……界です、もう、これ以上は……あなたも……っているんでしょう？　いずれ全て、明るみに……その時は…………なら、いっそ」
　背後に野太い男の悲鳴を聞きながら、二人は走ります。
　闇の中、あの、緑色のランプを目指して。
「早く、ここから……桃川！！」
「あと少しよ、芹沢君……！！」
　駆け込みます。二人は。手を伸ばします。
　やけに安心感を抱くその光、緑色のランプ、その真下、隙間からぼんやりと青い燐光が漏れ出す扉、非常口へと。
　手を。
「いけません。それを開けては」
　びくりと。二人は、足を止めました。
　耳元で聞こえたのは、少女の声。優しく、柔らかく……目の前の非常口、ようやくたどりついた出口、その存在以上に安楽な気持ちを満たしてくれる、その声。
「ゆっくりと、振り向いて。こちらへ」
　導かれるように。
「……芹沢君」
「ああ。行こう、桃川」
　二人はゆっくりと、非常口へ背を向けて。目の前でぽっかりと開いた扉の向こうへ、飛び込みました。

【04:32　階段】

「やあ、圭花ちゃんだったのか！　これはびっくりだね」
「…………新井君？」
　新井すばるのにっこり顔に、どっと毒気を抜かれた圭花は、ぱちくりと瞳を瞬かせました。
　二人のくぐった扉、今はすばるによってばたんと閉じられたそれを仰ぎ見れば、赤黒くべったりと飛沫に彩られた、『４Ｆ』の文字。
　薄暗い……縦に長い、そこは、封鎖された階段フロア。
「さっきの、あの声は……君が？」
　梨樹が尋ねた相手は、ネミッサ・ネモローサ。彼女はくすりと笑い、ふるふると首を振ってから、背後を示します。
「いいえ。お礼なら、そちらのミスへ。彼女があなたたちを、導いたのだから」
「正しくは、私ではありませんけれど……ともかく。ご無事で何よりでしたわ、お二人とも」
　柔らかく微笑んだ天満七星の発した声は、あの暗闇の中で聞いたものと同じ、優しい響きに満ちていました。

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