カウンターの向こうで、フロントマンが慇懃に一礼しながら、我々を出迎えた。彼は中年だが清潔そうな印象の感じの良い男で、黒縁眼鏡の奥で細めた瞳と柔らかい微笑に、我々はたいそう肩透かしを食った気分だった。
いささか古めかしくも何の変哲も無い、街中のシティホテルといった風情の外観に違わず、ロビーの内装も落ち着いていて、シックなベージュと茶色によって飾られている。音量を絞ったクラシックが静かに耳をくすぐる中、我々は奇妙な安堵感に包まれていた。
チェックインを済ませると、部屋へ案内すると言って、フロントマンは先に立って歩き出した。あたりに彼以外のスタッフの姿は見られず、フロントを空けてしまって大丈夫だろうかとの疑問が一瞬湧き上がるも、ひどく瑣末なことのようにも思えて、あえて問うことはしなかった。
エレベーターへ乗り込み2階へ上がり、『201』とプレートに記された部屋へと着くと、フロントマンは鍵を開けて我々を招き入れ、必要な事項を丁寧な口調で伝えてから、一礼して出ていった。
部屋の中にも、特筆すべきところは無いように思えた。ごく普通のツインルーム。ごく普通の家具に、ごく普通の壁、ごく普通の窓。額に収まった抽象画が一枚壁にかかっているくらいで、飾り気も無いごく普通の部屋だ。
我々は今夜、この部屋で一夜を明かす。
情報によれば、奇怪な現象が始まるのは、夜半過ぎ。
自分しかいないはずの部屋を横切る、ぼんやりとした人影を見たとか。ベッドの上で金縛り、身動きの取れない自分を誰かが覗き込んでいたとか。唐突に窓を叩かれカーテンを開くと、一面びっしりと手型が張り付いていたとか。多岐に渡る報告はいずれも曖昧ではっきりとしないが、その詳細もあと数刻で判明するだろう。大いに期待しながら、待つことにする。
何かあれば、相棒のカメラが全てを記録するだろう。私もこのように、随時書き込みを残しておくことにする。
相棒が、レンズを通じて何かを見た、と言い出した。
胸躍らせつつ撮影した映像を確認するも、何も映ってはいなかった。思わず肩を落とす。
隣の客室のテレビの音が、少々耳に障る。壁が薄いのだろうか。
そういえば、あちこちからどたどたと足音なども聞こえてくる。そんなにもたくさんの客が泊まっているのだろうか。
相棒の吐く息が白いことに気がつく。ひどく寒い。空気が冷たい。暖房が止まっているのだろうか。
いやそもそも、この季節にここまで室温が下がることが、果たしてあるだろうか。
寒い。とても寒い。
部屋のテレビが勝手について、大音量でニュースが流れ出した。
死ぬほど驚いて、すぐに消した。
扉をノックされたので出ようとしたが、扉が開かない。
部屋から出られない。何てことだ。
何か見た。何かを見たが、何かは分からない。
分かるのは、それがあまり我々にとって好ましいものではないということだけだ。
相棒が用を足しにいったきり、戻ってこない。
無事を確かめるべきだろうか。
誰かがおれを見ている。誰かがおれを見ている。
怖い。
怖い
たすけ
[都市子:また、例のホテルについての情報が届いたようです]
かたかたかたと、
花菱 朱音の叩くキーボードの音に合わせて、モニタの中へ文字が打ち込まれていきます。
オカルトサイト、『
F.O.A.F 都市伝説研究室』の掲示板に寄せられる情報には、信憑性に乏しい悪戯めいたものもありながら、真に迫ったリアリティのある体験談も、中には含まれていたりするのです。
特に
ホテル『ニュープラナス』については、ここ数日でいくつもの噂や目撃情報が投稿されている、ホットな話題の一つでした。
[都市子:これで何件目? 大掛かりなイタズラという可能性も、もちろんあるけど……でも、気になるなぁ]
薄暗く無機質な部屋の中。モニタが放つ淡い光に照り返されて、青白く染まる顔。
朱音はキーボードを叩きながら、不気味な情報に、ぶるると肩を震わせる……代わりに。
にっ、と笑みを浮かべました。
[都市子:もし本当なら……ぜひ、行ってみたいものですね!]
墨谷幽です、よろしくお願いいたします~。
ガイドへは、花菱 朱音さん、及びコミュニティ『F.O.A.F 都市伝説研究室』さんにご登場いただきました。ありがとうございました!
このシナリオの概要
今回はいわゆる、心霊ホラーというやつです。
謎のホテルへと宿泊した夜に、心霊現象を目の当たりにする、というシナリオになります。
ある時あなたは、インターネットやねこったー等を通じて、「ホテル『ニュープラナス』の調査員募集」という旨の書き込みを目にします。
このところ、オカルトマニアなどの間でまことしやかに囁かれている噂。数十年前の寝子島に実在し、今は取り壊されて存在しないはずのホテル『ニュープラナス』が、突如現代のシーサイドタウンに現れたというのです。
情報によれば、このホテルに宿泊すると、恐ろしい心霊現象に見舞われるとのこと。
皆さんには呼びかけに応じ、調査のために『ニュープラナス』へ一泊して、何が起こるのかをその目で確かめていただきます。
ちなみに、ウチの子はそんなことに進んで参加しそうにない! という方は、気が付いたらなぜか泊まってた、とかでもOKです。何かに導かれて……とか。
ホラー好きな方、PCさんに怖い思いをさせたい方など、恐怖体験してみたいという方はぜひ!
アクションでできること
アクションではまず、調査のために宿泊する部屋の番号を、以下の【1】~【3】からお選びください。または、【4】にて部屋番号を任意に決めていただくこともできます。
グループアクションを組んでいる場合は、そのメンバーで一緒の部屋に。それ以外の場合は、同じ部屋を選択した方を、適当にこちらで割り振らせていただきます。(あくまで調査のためなので、男女でも同室になる可能性があります)
各部屋では、それぞれ異なる心霊現象が発生するようです。ただし現状で寄せられている情報は曖昧で、それぞれに食い違いもあり、実際に何が起こるかははっきりと分かりません。
また朝が来るまでは、なぜか入り口の扉が開きません。
状況に対しては、怯える、勇気を持って立ち向かう、部屋を調べる、推理するなど、どのようにリアクションするかをお書きください。
【1】201号室
2階廊下の始めにある部屋。標準的な作りのツインルーム。壁に抽象画が一枚かかっている。
<報告されている現象の例>
○不自然に下がる室温
○勝手に電源が入るテレビ、流れ出す昔のニュース番組
○浮かぶように漂いながら見え隠れする人影
【2】405号室
4階廊下の半ばにある部屋。掲げられた部屋番号の『5』だけ、字体が変わっている。
<報告されている現象の例>
○バスルームの戸棚からあふれ出す、異常な量の剃刀の刃
○渦巻くように聞こえてくるささやき声
○寝ていると、ベッド脇に立ちこちらを覗き込んでいる少女
【3】509号室
最上階の角部屋。他の部屋と比べ、若干間取りや壁紙の色などが異なるようだ。
<報告されている現象の例>
○扉や壁、窓に現れる無数の手形
○漂う焦げ臭いにおい
○毎日決まった時間に窓から身を投げる男
【4】部屋番号を指定する
2階から5階まで、1~9号室の中から、上記の部屋(201、405、509)以外の部屋番号を選び、起こる現象について自由に情報を寄せていただくことができます。
ただしあくまで伝聞による情報として扱い、実際にどのような形となって現れるかは分かりません。
※複数の参加者で部屋番号がかぶった場合、いずれかの番号をずらす等で対応させていただく可能性があります。
アクションには、
・参加するきっかけ
(好奇心から調査隊へ立候補、呼ばれている気がしたから来た、気が付くと部屋にいた、など)
・状況に対しての心情、行動
(ひたすら恐怖に震えている、状況を打破しようと試みる、誰かをかばう、など)
・怖がり度、テンパり度
といったあたりをお書きいただければ。
なお、このホテルでかつて何があったのかは、現時点では不明です。各現象に関連性があるのかどうかも不明。
このことについて、事前に調べてきたり、推理するなどで、自分なりの説を提案していただいても構いません。
(必然性があったり面白かったりした場合、事の真相として採用させていただくかも)
その他
●参加条件
特にありません。どなたでもご参加いただけます。
『ひと』、『もれいび』のいずれかも問いません。
●舞台
シーサイドタウンの一角(J-10のあたり)に突如として出現した、洋風なミドルクラスのシティホテル、『ニュープラナス』が舞台となります。奇妙なことに、周辺の住民はその存在について気付いていないか、特に違和感を感じていないようです。
ホテルは5階建てで、1階がロビーや受付フロントにスタッフルームなど、2階以上が客室フロアとなります。
なお客室の間取りは、一般的なツインルームと考えてください。シングルベッドが二つ、ソファ、テーブルセット、ブラウン管テレビ、ダイヤル式電話、冷蔵庫、バスルームなどの設備があります。
ツインですが、2人以上の人数で宿泊しても構いません。一緒に寝るとかソファや床に寝るとかで。
●NPC
○フロントマン
『ニュープラナス』のフロントで受付をしている男。清潔な身なりで、物腰は丁寧な落ち着いた人物。
見る限り、ホテルのスタッフは彼以外に見当たりませんが、特に不自由はしていないようです。
●備考や注意点など
※上記に明記されていないNPC、及び今回のシナリオには参加していないPCに関するアクションは基本的に採用できかねますので、申し訳ありませんが、あらかじめご了承くださいませ。
以上になりますー。
それでは、皆様のご参加をお待ちしております!