探偵ケチャップの寝子島住民調査ファイル｜リアクション

探偵ケチャップの寝子島住民調査ファイル

「はあ、今日も疲れたわ」
　下校途中の道すがら。周囲に誰もいないことを確かめてから弘明寺能美子はつぶやいた。
　2学期が始まって1ヶ月以上経ったが、何だかまだ学校のサイクルに慣れない。芸術科に属している能美子、専門的な授業も徐々に増えつつあり、それが意外なプレッシャーを与えているのだろうか。普通科の人たちとサイクルがずれていき、いずれは距離を置くことになると思うと、
（少し寂しいな）
　と感じるのだった。寝子島に来る前は孤独を好むタイプのはずだったが、今では一人を寂しく思うようになるとは。いつの間にか学校も嫌いではなくなっている。ここに来て、たくさんの友達と知り合ってから、能美子は大きな変化を遂げていた。それが自分自身、少しおかしかったりする。

「カァ」

　頭上を一羽のカラスが過ぎ去った。そういえば、と能美子は思い出す。昼休み、桜庭円と御剣刀が語り合っていた。人間観察好きなカラスがいると。クローネがどうのこうの、とも。
（あれがそのカラスかしら）
　カラスは能美子の住む星ヶ丘寮の向こうへ消えていった。能美子も追うように寮へ帰っていく。

（届いているかしら）
　寮の自室。メイドに頼んでいた物が机の上に置いてあるのを見つけると、そっと抱き上げ鼻を近づけた。
（うん、いい香り）
　バラ風呂セット。花の香りの恋しい季節、バスルームを甘美なフレーバーで満たしたかったのだ。
（さっそく試しましょ♪）
　日の沈みきらない時間にお風呂タイムだ。

　一方。星ヶ丘の瀟洒なベランダ手すりを伝うケチャップは、甘く温い花の香りに気づいた。
　少し開いた小さな窓。そこから漂って来ている。
　一度建物を離れ、寮の広い庭にある一本の木の枝へ。ここからなら窓の中が見える。
　どうやらそこは浴槽のようだ。少し気恥ずかしさを覚えたが、ケチャップはじっと湯気の向こうへ目を凝らした。

（ふふ、いい気持ち）
　ご機嫌の能美子。学校の疲れなど吹き飛んでしまった。
（あら、何かしら？）
　ふと見た窓の外に、光る2つの点を発見する。
（覗き？）
　というわけでもないようだ。窓に寄って眺めてみれば、先ほど見かけたカラス。香りにつられたのか、興味深げにこちらへ首を伸ばしている。
（そういえば御剣さんが言っていた……）
　クローネのカラスには注意しろ、と。もしかしてあのカラスは、クローネの手先だろうか。
（まさか、そんな、ね）
　今はこの至福の時間をたっぷり味わいたい。湯船に浮かぶバラの花びらを拾い上げると手の平にのせ、息を吹きかける。花びらはフワッと目の前をくりり回って、窓の外をゆらり落ちていった。
　カラスは相も変わらず、こちらを見ている。
「一緒に入る？」
　小さな声で笑うと、再び湯船に浸かってバラと入浴を楽しむ能美子だった。

＜調査ファイルNo.644 弘明寺能美子＞
寝子島高校芸術科1年8組。
学校では大体つまらなそうにしている。
気が強く、常に怒っている印象。
ただ、帰り道は少し悲しそうな顔をすることも。
スタイルはかなり整っている。モデル並。
見たのだから、間違いない。
ろっこん：持っているという印象は受けなかった。