探偵ケチャップの寝子島住民調査ファイル｜リアクション

探偵ケチャップの寝子島住民調査ファイル

潜む日陰者

「報告書で謝るなよ」
　馬刺しを食べつつ報告書に目を通すクローネ、恐縮するケチャップを睨みつける。
「全くどこで味を占めたのだか知らないけど、持って帰ってくるものと言ったら食べ物ばかりで、ろっこんについてはどれもこれも不明」
「カァ……」
　ろっこんを目撃できる機会なんてそうそうないだろ。なんて反抗は絶対にできないケチャップ。
「あなたに任せた任務はねえ、馬刺しを調達してもらうためじゃないの、いや馬刺しは美味いけどね。あなたにして欲しいのは、寝子島にいるやっかいな存在の特定よ」
「カァ」
「分かっているならちゃんと調査してらっしゃい！」
「クアァ！」
　気合を入れるケチャップ。
「そうね、やっかいそうなところといえば……猫鳴館とかいう寮ね。あとは金持ちばかり住んでいる星ヶ丘にも、まだまだ要注意人物はいるはずだわ」

　というクローネの助言を受けて、ケチャップはまず猫鳴館へとやって来た。セキュリティなんて大層なものは一切なく、朽ちかけた玄関から堂々と侵入成功。うろうろ探索するうち、ケチャップは地下へのハシゴを見つける。ここには何かがある。探偵ケチャップの感が黒く冴え渡る。

　猫鳴館の地下に作られた空間、その名も地下帝国。その一室で骨削瓢は今日も悪巧み中だ。彼にとっての最大の望みはこの世の混沌。愛用のスコップで地下帝国を大きくするとともにメカナマズを量産し、人格を豹変する狂騒の花を培養。極上のカオスへ向けてひっそりのらりくらりと計画を進めている。
（おや）
　誰よりもここの地形に詳しい瓢は、ロウソクの微かな揺れと音の共鳴で、すぐに侵入者に気づくことができた。
（お客かね？）
　こんな辺鄙なところに来る物好きなんて相場が決まっている。自分と同じく、悪巧みをする者だ。
（こっちに来ているねぃ）
　ちょっと脅かしてみようか。ニヤリ思いつくと、ロウソクの火をフッと吹き消す。

　目指していた光源を見失ったケチャップはハッと息をのみ気づいた。自分、鳥目やん……。
「地下帝国に何か用かねぃ？」
　突然の背後から声。
「カァ！」
「カラスのお客さんとは驚いたねぃ。　迷子かぃ？　そんな感じはしないよねぃ……ひょっとしてクローネの差し金かね」
「クァ！？」
「図星かぃな」
　回れ右で逃げ出すケチャップ。あちこちが張り出している暗がりの洞窟内で飛ぶのは危険だ。
「あっしのホームで逃げ切れると思いなさんな」
　すぐに追いつかれる。
「ほぃ」
「カァ！」
　あっさり捕まる。
「一体クローネ一味は何を企んでいるんだぃ？」
　瓢の問いには答えず腕の中で暴れまくるケチャップ。
「大人しくしないと、焼き鳥にするよぃ」
　ピタッと動きが止まる。
「いい子だねぃ、さ、教えてくれよおたくらの目的を……って言葉は話せないよねぃ」
　参ったねぃ。瓢の一言一言が地下帝国に低くこだまする。
「そうだ、クローネに伝言を頼むよぃ……おたくらが混沌を振り撒いてあっしを楽しませてくれるんであれば、あっしは喜んでおたくらの軍門に下るよぃ。このけしからんフツウを一緒に壊そうじゃないか、ってね。伝えておいてよぃ」
　ケチャップを開放すると、手近なロウソクに火を付ける。明かりに照らされる瓢の表情は、いたずらっ子のそれか、もしくは悪魔のそれか。ケチャップはにわかに戦慄した。クローネに叱られるときとは違った恐怖を覚える。
「お帰りはあちらですよぃ」
　丁重に客を見送る。

　カラスが姿を消すと、再び瓢は帝国勢力増強に励む。
（面白いことになるといいんだけどねぇ）
　温泉の湯気が瓢の鼻を湿らせる。
（そういえば手みやげの一つでも持たせればよかったかねえ。皇帝印の温泉卵。ってそれじゃほとんど共食いだねぃ）
　狂ったように笑いながら、せっせとスコップを動かすのだった。

＜調査ファイルNo.1368 骨削瓢＞
寝子島高校普通科1年1組。
猫鳴館地下帝国にて接触を試みる。
要注意人物であることは間違いない。スコップを握り、ロボットを量産しつつ花を育てていた。
我々に対して敵意は抱いていないらしい。
伝言を授かった……が忘れた（逃げるのに必死だった）。仲間になりたいとかそんなんだった。
ろっこん：不明。