探偵ケチャップの寝子島住民調査ファイル｜リアクション

探偵ケチャップの寝子島住民調査ファイル

　覗き屋を終えたケチャップは、星が丘寮の上空をクールに旋回、気になる場所を探した。
「クァ」
　他とは趣向の異なるベランダを見つけると、急降下。そこはどうやらアトリエのようだった。
「……クァ！」
　飛び寄るまで気づかなかった。1人の小柄な少女がいることに。

　アトリエの天空庭でお茶を準備していた旅鴉月詠は、じいっとカラスの飛ぶ様を見上げた。
（今日は何となく来客がある気がしていたのだが）
　サービスカートに載った2つのティーカップ。その一つに指をかけ一口飲む。
（まさかカラスがやって来るとは）
　反対側のテーブルにはタロットカード、ほんの3分前に受けた信託は「テンパランス」だった。
（平等・均衡を暗示するこのアルカナは何を意味するのか）
　また、空のカラスへ目を戻す。富豪が多く美しい景観を重視する星ヶ丘地区でカラスが飛んでいるのは珍しい。
（まあ私もそんな星ヶ丘に住み着くカラスなんだけど）
　向こうも親近感を覚えてくれたのか、そろーっと下りて来て手すりに留まった。
「何か食べるか？」
「カァ」
　元気のいい返事だ。
　そっと立ちアトリエを出る。食料庫からジャーキーを拝借し戻ってくると、カラスはすでに月詠のイスのそばで姿勢よく待ち構えていた。
「ジャーキーだ」
「カァ」
　月詠の手から受け取り、足を器用に使いながらかじる。
「人間の言葉が分かるのか？」
　ジャーキーに夢中のカラス、黒い視線だけこちらに向けた。
（こんな場所で一羽、何をしていたのだろうか）
　クローネのことは連想できていた。寝子島のカラスは概ねクローネと通じていることも。
（人間観察……情報を集めているのか）
　紅茶を足し、マフィンにフォークを立てる。向かい合って食事をする一人の鴉と一羽のカラス。
「クローネの仲間だろうが、ゴミを漁って食べるカラスだろうが。人間に害のある活動をしていないなら私は君をどうもしない。敵ではないが、味方でもない。そんなスタンスだ」
　クローネの名に表情を強ばらせたカラスだったが、月詠の発言を最後まで聞くと再びジャーキーにかぶりつく。やはりクローネとは関係があるようだ。
「君にも何か能力があるのか？　よかったら見せておくれよ」
「カァ」
「ならそっちが先に見せてみろ、という顔だな」
　カップを置いてサービスカートを部屋へしまう。代わって持って来たのは油絵のキャンバス一式。
「あまり動かないでいてくれ」
　こんなに間近でカラスの食事を見る機会もない。まずはラフスケッチで素早く手を動かしていく。
「私以外にもたくさんの能力者を見てきたのか。彼らは能力を見せてくれたか？」
「カァ」
「だろうな。そう簡単に見せるものじゃないよ、自分の切り札は」
「カァ」
「もう少し斜めを向いて」
「カァ」
「そう、そこだ」
「カァ」
「仕方ないな。ジャーキーをもう一つあげよう」

　小さな風が流れ、テーブルの上のカードが翻る。「テンパランス」、平等、均衡。カラスたちの穏やかで起伏のない時間だった。

＜調査ファイルNo.0974 旅鴉月詠＞
寝子島高校芸術科1年8組。
不思議な少女。
タロットを趣味とし、専門としている絵画は相当達者なようだ。
名前にカラスが入っているためか、こちらに対して好意的な様子だった。
会話してみた感触として、特別な能力を持っているのは間違いない。
が、なかなか教えてはくれなかった。
ちなみに何ももらっていない。本当だ。
ろっこん：絵に関するものだと推測。