戻ってきた記憶｜リアクション

戻ってきた記憶

　学校から帰ってきた遠野まほろは、柔らかそうな髪を弾ませて自室に戻ってきた。微睡むような目で部屋の中を眺めて急に思い立つ。
「片付けをしようかなぁ」
　鞄を適当に置いて机の前にペタンと腰を下ろした。一番下の引き出しを開けた途端、目尻が下がる。懐かしい、と手のひら大の猫の縫い包みを摘まみ上げた。別の手で鞄を引き寄せ、中に入れていた少し大きい猫の縫い包みと引き合わせた。
「久しぶりだね。元気にしてたかな」
　まほろは少し声を低くして大きい猫を動かした。小さな猫は、うん、と元気よく頭を下げる。二匹は抱き合って再会を喜んだ。まほろも笑顔で役を演じた。
「片付けだね」
　思い出したような一言で、まほろの人形劇は終演となった。引き出しの中の細々とした物を取り出し、自身の周りに並べていく。
「ここで最後だね」
　まほろは椅子に座って手前の引き出しを開けた。ノートや筆記道具が多く、かさばるような物はなかった。奥の方に手を突っ込んだ。コツンと小さな音がした。
「なにかな？」
　引っ張り出すと木の箱であった。寄木細工のような細かい模様が全体に入っている。上蓋を開けると中には丸っこいお手玉が身を寄せ合っていた。一個を取り出して掌に乗せてみる。耳を伏せて愛嬌のある顔を向けてきた。
「私が初めて作った猫さんお手玉」
　少し握ってみる。猫の口が突き出て不機嫌な顔になった。まほろは遠慮なく、何度も握る。
「中に入れるペレットに悩んだよね」
　他のお手玉も取り出して握った。掌の中でおしくらまんじゅうが始まる。黒猫や白猫が必死になって揉み合った。まほろは上から頬を押し付けて参戦した。
「気持ちいい。おばあちゃんが、お店の人にいろいろと聞いてくれたおかげだね」
　全てのお手玉を取り出し、机の上に整列させた。その中から選んだ二つを回すように投げる。最初の一つは宙で緩やかに回転してまほろの頭に着地した。
「久しぶりにやると難しいね」
　まほろは頭の上のお手玉を手に取った。手触りで気が付いたのか。顔の前に持ってきた。
「このお手玉は、ちょっと縫い目が荒いかな」
　次々とお手玉を手にした。全てに等しく目を注ぐ。
「……今ならもう少し上手に縫えるよね。複数の布を使って三毛猫も作れそう」
　それとなく声に自信を覗かせた。反面、目は僅かな憂いを帯びた。机の上で黙って聞いていたお手玉に語り掛ける。
「私、昔は人見知りがひどくて。おばあちゃんや家族のみんなに、助けてもらっていたんだよね」
　まほろは一つのお手玉を掌に乗せて口元に近づけた。
「今は少しマシになったと思うんだけど、どうかな？」
　お手玉の猫は円らな瞳を向けてくる。残りは真っ直ぐな視線でまほろを見つめていた。
「善は急げ、かな？　今の時間ならお店も開いているし」
　まほろは箱にお手玉を入れた。制服のまま、ドアへと急ぐ。出て行く直前に後ろを振り返った。
「今度は猫さんお手玉に助けてもらったかな」
　箱に収まった猫達は一丸となって見送る。
「いってくるね」
　小さく手を振ったまほろは柔らかい笑みを浮かべて出かけていった。